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ニュートラルな気づき 


by honnowa
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動物の利益効率

昨日07/09/07の記事のつづきです。

海辺のヒメコバシガラスが餌の貝を食べる様子を観察すると、いつももっとも大きな貝を選んで、約5mの高さから落とすそうです。
この行動を具体的に計算してみると、
 ・ 貝は大きいほどカロリーが高く、落としたときに割れやすい。
 ・ 5m以下では割れにくく、何度も落とさなくてはならない。
 ・ 5m以上では、貝がバウンドして見失う、または砕けて飛び散る。
以上のことから、もっとも大きな貝を5mの高さから落とすとき、コストが最小で利益が最大になるのです。

ミツバチは1匹の女王蜂と数万匹の働き蜂で暮しています。
働き蜂は巣の清掃、育児、女王蜂の世話、蜜や花粉集めなどを行い、生殖はしません。
その働き蜂も、もともとは女王蜂の子供なので、働き蜂は自分の子供でなく、弟や妹を育てていることになります。
自分の遺伝子を残すという観点から、このことを計算してみると、実は自分の子供を育てるよりも妹を育てるほうが確率(血縁度)が高いのです。
(人間の場合は親子間、兄弟間とも同じ確立になります)

魚のアユは縄張りをもつことで知られています。
縄張りを持ったアユは、餌をよく食べられるので成長も早くなります。
しかしアユの数が増えると、縄張りを持てなかったアユの侵入回数が増え、防御に手間を取られてゆっくり餌を食べられなくなるので、アユはある程度以上の密度になると、縄張りを捨てます。
縄張りは利得がコストよりも大きいときにのみ成立するのです。

ハレムをつくるホンソメワケベラは小さいときは雌、大きくなれば雄に性転換します。
小さな雄は大きな雄に勝てないので子を残すことが難しいが、雌ならハレムの雄と子をつくることができます。
逆に一夫一妻のクマノミは、雌のサイズが大きいほど卵をたくさん産めるので、大きいほうが雌、小さいほうが雄になり、もしペアの雌が死んだ場合は、それまでの雄が雌になり、近くの小さな未成魚が雄になります。

面白い見方ですね。
あのかわいいお魚クマノミにそんな習性があったのですね。
アユについては、横軸:縄張りの大きさ、縦軸:コストと利得 とした相関図があり、利得を表す曲線がコストを表す直線を上回る部分が、縄張りが成立する範囲で、その差のもっとも大きい位置が最適サイズとなります。
この図を見ると、まるで経営分析である損益分岐点の図にそっくりです。
もしかしたら動物の研究者は、その気になれば経営コンサルティングもできるかもしれません。

イギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスは、働き蜂が自分の子でなく妹の世話をすることが、遺伝子を残すという観点では得になることを計算により確かめ、1976年その考え方を著書『The Selfish Gene』(邦題『利己的な遺伝子』)で発表しました。
わたしでも題名だけは聞いたことがあるのですが、このような内容なのですね。
興味大です。

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『利己的遺伝子』
by honnowa | 2007-09-08 07:48 |

うれしい悲鳴

職場のKaさんが本を貸してくれました。
いまわたしは自分をどうしても本を読まなければならない状況にしているので、ノルマの本が山積みの状態で、人から本を借りるのはキツイ状態ではあるのですが、ありがたく笑顔でお借りすることにしました。
断るとその人とこういう話題自体ができなくなってしまうでしょう。
いまの職場は本好きな方と音楽好きな方が何人もいるので、そういう話題ができるのが嬉しい。
さらに美術好きの人も何人もみえてごきげんです。

今回貸してくれたのは『新しい高校生物の教科書』という講談社ブルーバックスの本です。
でもKaさんのメイン読書は日本人作家のミステリーで、内田康夫、山村美紗、西村京太郎、夏樹静子あたりを、わたしに読ませたがっている様子。
でもこれらの方々、おおかたドラマで観ているし、わざわざ読まんでも・・・ なあんて。
ドラマのほうが京都や温泉観光も目で楽しめて、いいじゃないですか。
代わりにわたしからはディック・フランシスを勧めました。

Kaさんがまた別の本を持ってきてくれました。
断らずに、まだ1冊目が読めていないから、もう少し後から貸してと頼むと、他の方へ回してくれました。
昨日までにまず自分の手持ちの本を片付け、昨日のお昼からKaさんの1冊目に取り掛かってます。

ムム、結構難しいぞ。 (P28より引用)
  [問1] 次の生物のうち多細胞生物はどれか。
    ①アメーバ  ②ゾウリムシ  ③大腸菌  ④ミジンコ  ⑤ボルボックス

すべてについて、まったく形が思い浮かびません。
by honnowa | 2007-08-22 05:46 |

三条西実隆

先日、『和泉式部日記』について勉強しましたが、テキストの底本は宮内庁書陵部所蔵の三条西家本系統で、書写したのは三条西実隆とされています。
さてこの三条西実隆という名前、何か見たこと聞いたことがあるんですよね。

まずは三条西実隆自身について

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『三条西実隆』

ウィキペディア記載中に「宗祇から古今伝授を受ける」とありますが、このあたり梓澤要の歴史ミステリー『百枚の定家』にも確か経緯が少し出ていたとおもいます。
余談ですけど、この本はストーリーとは別に学芸員の仕事の実態の描写が面白く、また東洋美術のコレクションにおいてボストン美術館と覇を争う、フーリア美術館の存在もこの本で初めて知りました。

つぎに三条西家について、

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『三条西家』

これを読むと定家の流れを汲む歌の家でもあり、香道の家でもあるとありますね。
三条西実隆は香道の御家流の流祖でもあります。
そして香道の世界について、特に御家流については、宮尾登美子が小説『伽羅の香』で取り上げています。
この本はわたしの数少ない愛読書の一つで、もう何度読み返したことか。
たまたまこのブログを始めてから再読していなのですが、またいずれ取り上げる時が来るでしょう。

このように歌、香道以外に、これまで調べたとおり、『和泉式部日記』、『土佐日記』の書写もした (07/08/13の記事参照)、当代随一の文化人だったのですが、この人をさらに歴史的重要人物たらしめているのが実隆自身の日記です。
その『実隆公記』は63年にわたって書き続けられ、そのうちの57年分が直筆で現存しているという当時の一級資料なのです。
日本画に洛中洛外図というものがありますが、この図について文献上初めて登場するのも『実隆公記』なのだそうです。

『実隆公記』についてはこちらをどうぞ。

  東京大学史料編纂所様のホームページより  『中世史料部』の
    『末柄 豊のホームページ』の『研究のページ』の『資料室』の『実隆公記』


歴史好きの皆様、上記東京大学史料編纂所様のホームページですが、リンクについては「商業目的でなければ、ご自由にお張り下さい。」と明記されています。
これはせっかくですから、多いに利用させていただきましょう。
(へへ、国立大だし、税金払ってるし~♪)
by honnowa | 2007-08-15 06:50 |

写本

昨日まで『和泉式部日記』の校訂本文の作業について綴りましたが、肝心の内容に触れていませんでした。
この日記は式部の恋人だった故為尊親王の弟、帥宮敦道親王が式部に橘の花を贈り、歌のやりとりを交わしたのをきっかけに愛が深まり、ついには宮邸に迎えられ、宮の正妻が宮邸を出てしまう10ヶ月間を綴ったものです。
作者は和泉式部自身というのが大方の見方です。
というのも、他作者説というのもあるからだそうです。
どちらが100%正しいかは、いまとなっては確かめようもありません。
確かめる術がないのは、和泉式部の直筆の文章が残っていないからなのです。
今日伝わっている『和泉式部日記』は後世の写本で、その中で最善本と言われている、宮内庁書陵部蔵本の三条西家本系統も、室町時代に三条西実隆が書写したものと言われています。

仮に式部本人が筆者として、三条西実隆が書写するまでに500年近くの隔たりがありますので、実隆が写した原本は何だったのか?という問題も考えなければなりません。
これは『和泉式部日記』に限らず、『源氏物語』、『枕草紙』と平安時代の作品には必ずつきまとう問題です。
筆者が誰かということは置くとしても、『源氏物語』や『枕草紙』でも元々の原文はどうであったのかということはわからないし、タイムマシンでもない限り確かめようもありません。
人が書き写すということは、必ず誤字、脱字が生じますし、写した時代の表記方法の影響もあります。
その人が元の本に敬意を表し、または学術的な意義を考慮し、コピー機のようにそっくり写す場合もあるでしょうし、好みや用途に応じて改作する場合もあるでしょう。
それでも幾たびかの戦乱、家系の栄枯盛衰、災害、虫食いを考えると、今から500年前の室町時代の本が残っていることすら奇跡にも思えます。

Si先生のお話によると、平安時代の作品で唯一、ほぼ原作どおりであると断言できるものがあるそうです。
それは紀貫之の『土佐日記』だそうです。
なぜ断言できるかというと、貫之自筆本が室町時代まで現存していたことが明らかであること。
その自筆本を直接書写した人物が少なくとも4人いること。
そのうちの1人が藤原定家です。
定家の写本は現在も残っていますが、一部を除き自分の考案した定家仮名遣いに書き直しているそうです。
他の3名は、藤原為家(定家の息子)、松本宗綱、三条西実隆で、現在その写本そのものは残っていませんが、これらの写本を写したものが伝わっています。
この3名は原本の仮名遣通りに書写したそうで、これら4種類の写本を校合することで、ほぼ貫之の原本どおりに再現できたわけなのです。
by honnowa | 2007-08-13 06:02 |
タイトル    草枕
          (集英社文庫 『夢十夜・草枕』所収)
著 者     夏目漱石
発行所     集英社
発行日     1992年12月20日第1刷
         1994年6月5日第3刷
Cコード    C0193 (一般 文庫 日本文学、小説・物語)
内 容     画家を主人公に非人情主義の芸術論を展開する小説
動 機     作中に若冲や黄檗山の書のことが触れられているので     
私の分類   勉強
感 想     展覧会『若冲と江戸絵画』展のブログ記事を綴る中で、『草枕』を引用したの
  で、中篇ですし、全文読み返してみました。
  漱石の説く「非人情」という考え方は、「人情がない」ではなく、「人情を超えて美を求める」
  と捉えればいいのでしょうか。
  そして人情を超える美を掴むには現実世間から逃避はしないが、現実生活の中でどれほ
  ど俗を捨てるか、また俗を捨てて美を掴むには非人情になるしかない、ということかなと理
  解しました。
  それにしても日本を代表する知性が書いた古今東西の芸術を引用駆使しての文章なの
  で、読むのはなかなか難儀でした。
  何からの出展かもう少しわかるようにならないと、すらすら読めません。
  もっと勉強していつか再読、チャレンジします。

さて内容を理解するのは難解だったのですが、文章自体は案外楽しく読めました。
会話部分は落語調ですし、地の部分、多彩な引用を駆使して芸術論を展開している部分は、知らずしらずに声に出して読んでいました。
流行の『声に出して読みたい・・・』系の本に触発されたわけでなく、目で追って読むには内容が難しくて頭に入りにくかったからなのです。
ところが声に出すととても調子がよい。
リズムがよくて、止めたくなるほど心地よいのです。
あの有名な冒頭を思い浮かべると想像がつくでしょう。
これはぜひプロなど、上手な方の朗読を聴きたいと思い調べてみましたら、ありました。
朗読についての情報は明日紹介することにします。

さて最後に作中何度も登場するイギリスラファエル前派の画家 ジョン・エヴァレット・ミレイ(『落穂拾い』のミレーではないですよ)の『オフェーリア』という絵を紹介しましょう。
印象深い美しい絵です。

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『ジョン・エヴァレット・ミレイ』
by honnowa | 2007-06-25 11:00 |

横尾忠則のこと

6月6日の一般紙より見つけました。

それは横尾忠則氏がデザインの仕事から引退するという記事でした。
あれ、横尾さんって以前からイラストレーターやめて、画家宣言をしてらしたのでは?
新聞記事によると最近仕事の依頼がまた増えていたのだそうな。
もう70歳だそうですし、好きなことだけやりたいというのは当然でしょう。

それにしてもアバンギャルドなイラストで世界的に有名になった方ですが、いまや商業デザインに限らず、現代日本美術を語るにかかせない大家の存在で、アカデミーな美術研究家が横尾氏を引き合いにだすケースをよく見聞きするようになりました。

例えば先日まで行われていた『若冲と江戸絵画』展の記念講演で、講師の山下先生が横尾氏の作品に若冲の影響が見られる点を指摘されておられましたし  (07/04/29の記事参照)、日本美術史家でMIHO MUSEUM 館長の辻惟雄氏の著書『日本美術の歴史』のカバーも横尾氏です。
リンク先から「イメージを拡大」もご覧くださいね。
大胆な組み合わせの表紙でしょう。
横尾パワー負けてません。

さらには辻先生監修の『増補新装[カラー版]日本美術史』という本があり、今年の2月の増補新装第5版で最新章が加えられたのですが、この本の一番最後に図版が載り取り上げられたのが横尾氏でした。
こちらは学校の教材に使われる本です。

今後は画家に専念して好きなことだけする、といっても果たして世間が放っておくかどうか・・・
横尾氏の公式サイトはこちらです。

  『 TADANORI YOKOO OFFICIAL SITE 』
by honnowa | 2007-06-21 05:39 |
職場で新たに任されたお仕事があります。
新聞からある種の記事を探し切り抜くというものです。
聞けば月に1、2件あるかないか、という頻度なのだそうです。
「あのう・・・ 専門紙でなく一般紙からそのような記事を探す意味があるのですか?」と伺うと、専門紙のほうは他の組織がやっているそうで、ここには一般紙から探すことが割り当てられているとのこと。
はあ?
ともあれその月1、2件あるかないかの記事探しのために、一般紙に目を通すことになったのですが・・・

いいんですかあ?
そんなことわたしに任せちゃってぇ ☆
絶対に脱線しますよぉ ♪

そんな次第で見つけた脱線記事第1号がこれ。

  『はなまるな豊橋、みつけちゃおう!』様の 『洪(こう)ちゃの黄色いゼリー』より

井上靖が自身の少年時代をモデルに書いた小説『しろばんば』で、主人公の洪作少年が実在の和菓子店 若松園で黄色いゼリーを食べる件が綴られているのですが、そのゼリーが復刻販売されたニュースです。
話は大正初期ですから、ゼリーなんて珍しくて不思議で、瞳をきらきらさせながら食べたんでしょうね。

ちなみに井上靖は明治40年生まれで、今年が生誕百年。
若松園は創業明治34年なので、井上靖が訪れたころは、喫茶部のあるなかなかモダンな和菓子屋さんだったのですね。

その若松園はいまや地元の老舗なのですが、さすがに豊橋市内の方でないと知らないかもしれませんね。
(斯くいうわたしもわかりませんでした。)
じつはこのお店、「ゆたかおこし」をつくっているお店なんですよ。
「ゆたかおこし」と聞けば、県内の方ならわかりますよね。

  『上質ショッピングコート』様の 『豊橋名物 ゆたかおこし■御菓子司 若松園■』より


本来なら読んだ新聞のURLを張るのがよいのですが、その新聞は一週間経つとネットでの閲覧ができなくなるので、代わりの上記の記事を紹介致しました。
by honnowa | 2007-06-17 06:08 |
楽毅は青年時代に留学先で孫子の兵法を学び、戦いが始まってからは孫子の兵法を生かしきり勝ち抜いていきます。
また彼にとって孫子の兵法とは「人がみごとに生きる」ための処世術でもありました。
そこで漢字だけでなく孫子の兵法についても小説中に取り上げられた内容についてのみですが、調べていくことにします。

う~ん、わたしの読書はどこに向おうとしているのでしょう。
孫子の兵法はいささか手を広げすぎでしょう、と我ながら思うのです。
ここで多少の知識を蓄えて、次は井上靖の『風林火山』に参りますか。
一応、今年のメイン読書は井上靖なものですから。

まずは孫子の兵法の基礎知識から。
  (1)孫武(そんぶ)の尊称。
  (2)中国の兵法書。1972年、山東省銀雀山の漢墓から、従来の「孫子」と孫臏(そ
    んびん)の「孫臏兵法」の竹簡が出土。二種あることが確認された。

  (ア)孫武著。一三編。従来から「孫子」とされてきた書で、「彼を知り己を知れば百戦
     殆(あやう)からず」などの名文・名句で知られる。呉孫子。
  (イ)孫臏著。三〇編。斉孫子。孫臏兵法

と二種類あるもの併せて「孫子の兵法」と呼んでいます。

  いまだ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり
    戦いというものは、廟前の策戦会議において、勝算が成り立っておらねばなりません


次はいつもどおり言い回しと漢字の勉強です。

  眉のあたりをけわしくした


剽悍・・・すばしこく、しかも荒々しく強い・こと(さま)。

恫喝・・・おどしておびえさせること。

廟算・・・朝廷のはかりごと。

険阻・・・地勢がけわしいさま。また、その所。

捷疾(しょうしつ)・・・「捷」は敏速な,すばやい。「疾」は 速い,激しい。 
by honnowa | 2007-05-25 03:53 |
図録掲載の順でいけば、次に『鳥獣花木図屏風』、『紫陽花双鶏図』になりますが、ともに今展覧会のメインであり、わたしも書きたいことがいろいろあるので、記事にするのはもう少し時間がかかります。
今日はその次の作品に進みます。
この作品は会場で気に入ったというよりも、あとで気になった作品です。

  『鶴図屏風』(図録№52)  伊藤若冲
     http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060510/p1


図録の解説、『プライスコレクション──展覧会と作品』(田沢裕賀)に「夏目漱石が『草枕』で墨画の鶴を語り、」(P42)とあります。
では実際に漱石の『草枕』のその部分を読んでみましょう。 (『青空文庫』より引用)

  横を向く。床(とこ)にかかっている若冲(じゃくちゅう)の鶴の図が目につく。これは商売柄
  (しょうばいがら)だけに、部屋に這入(はい)った時、すでに逸品(いっぴん)と認めた。若
  冲の図は大抵精緻(せいち)な彩色ものが多いが、この鶴は世間に気兼(きがね)なしの
  一筆(ひとふで)がきで、一本足ですらりと立った上に、卵形(たまごなり)の胴がふわっと
  乗(のっ)かっている様子は、はなはだ吾意(わがい)を得て、飄逸(ひょういつ)の趣(おも
  むき)は、長い嘴(はし)のさきまで籠(こも)っている。

この文章にピッタリな絵が屏風の中にありました。
図録では下段の左から3番目、『公式ブログフォトライフ』では上段の左から3番目になります。
さすが漱石、簡潔にして的確な説明で見事です。
わたしも好きな絵についてこのように表現できるようになりたいものです。

さて公式ブログを読むと、プライス氏は右から2番目がお気に入りのようですね。
「みなさんは、なにを思い浮かべますか?」ですって。
わたしは、クラゲか亀の後姿。
いかがですか?
それからわたしは左端の絵が好きかな。
おしゃれなケープを羽織っているかのようです。
それから左から2番目の波の具合もいい感じですね。
by honnowa | 2007-05-11 04:57 | 美術
GWはこんな舟遊びがしたいなあ。

  『赤壁図』(図録№13) 円山応挙
     http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060428/p1 


c0100148_6544381.jpg明媚な風光を眺めながらの、悠然とした舟遊びの様子です。
何やら語らっておりますが、図録をよく観ると茶器のセットまで細かく描かれていました。
ここまでは公式ブログの画像でもわからないので、ちょっとだけわたしからのサービスです。
美術館ではタイトルの「赤壁」に捉われてしまい鑑賞不足だったので、いまあらためて図録を見て、いい絵だなあ。

「赤壁」といえば、わたしの頭にまっさきに浮かぶのは『三国志』における「赤壁の戦い」です。
ところが戦場の舞台とは思えぬあまりに対照的な穏やかさです。
頭の中を整理すべく調べてゆくといろいろと面白いことが出てきました。

中国北栄時代の詩人蘇軾(そしょく)が、古戦場跡の景勝地赤壁で舟遊びをし、『赤壁賦』を詠んだ。
絵のほうはその様子を題材としたもので、画題としてよく描かれてきたとのこと。
ところが蘇軾が詠んだのは、どうも実際の戦場跡とは場所が違っていたらしい。
いまではそれぞれの場所を「文赤壁」、「武赤壁」と区別しているそうです。
現在の「武赤壁」の様子は、『千葉商科大学デジタル中国語教室』様のサイトに画像と説明がありました。
蘇軾は「春宵一刻直千金」で始まる『春夜』という詩が有名です。
赤壁ではどんな詩を詠んだのか興味はありますが、それはまたいずれ調べるということで。
by honnowa | 2007-05-02 06:31 | 美術