ニュートラルな気づき 


by honnowa
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<   2009年 01月 ( 32 )   > この月の画像一覧

昨日は、名古屋市美術館で開催中の『モネ「印象 日の出」展』に行ってきました。

c0100148_850411.jpg今回の展覧会で一番印象に残ったのは、じゃ~ん、図録にCDが付いていること!

内容は、会場で放映されていたモネ縁の土地のきれいな風景の映像です。
モネといえばジヴェルニーの自宅の庭が有名ですが、そのお庭も紹介されています。
長年図録を買い続けていますが、オマケつきは初めてです。
オマケ・・・ ふふふ
すごく嬉しい。
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by honnowa | 2009-01-31 09:02 | 美術

ゴヤでなかった『巨人』

09/01/24の記事のつづきです。

プラド美術館より、26日に公表が出ました。
「弟子のアセンシオ・フリアの作品と考えられる」ということです。
Wikipedia はフライングだったのですが、1月中の発表ということで結果オーライになりましたね。

ついでにプラド美術館のHPをのぞいてみました。
こちらです。

  『MUSEO NACONAL DEL PRADO 』
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by honnowa | 2009-01-29 07:26 | 美術
09/01/26の記事のつづきです。

ゴーギャンと言えば、サマセット・モームの小説『月と6ペンス』が有名ですが、講演の中でもう一つ彼をモデルにした小説の紹介がありました。
ペルーの作家マリオ・バルガス=リョサの『楽園への道』(河出書房新社 田村さと子訳)です。
ゴーギャンと、ゴーギャンの祖母フローラのエピソードを交互に配列した小説で、翻訳もとてもよいと、馬場館長のお薦めでした。

Amazon を見てみましたが、評価高いですね。
わたしはかつてガルシア=マルケスの『百年の孤独』で、南米文学に挫折したことがあるので、ついて行けるかなあ。

  『amazon.co.jp』より 『楽園の道』
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by honnowa | 2009-01-27 21:02 | 美術
c0100148_0245623.jpg24日は、4月から名古屋ボストン美術館で行われるゴーギャン展の関連の講演会「ゴーギャン─文明と未開を孤旅する魂」に参加してきました。
内容としては、ゴーギャンの生涯をメインに、画風の変遷、日本におけるゴーギャンへの関心、ゴーギャンの人間性の捉え方に及び、初心者にはちょうど展覧会の予習となるお話でした。

ゴーギャンの生涯については、大雑把なイメージしか知らなかったので、何か目新しい話はないかと聴いていたのですが、貧困の果てに・・・というのは伝説で、実は資産家だったとか・・・
ということはなく、イメージどおりでした。

家庭環境はなかなかインテリジェンスで、父はジャーナリスト、母方の祖母はフェミニストで作家です。
生まれはパリですが、幼年期にペルーへ移住してますし、見習水夫だったころもあるので、後にタヒチに向かうというのは、ゴーギャンにとってはそれほど途方もない決断ということではなかったようです。

ゴーギャンは働き出して結婚して、26歳のころから日曜画家として絵を描き始めます。
第6回印象派展に出品された<裸婦習作『裁縫するシュザンヌ』>をスライドでみせていただきましたが、批評家ユイスマンスに激賞されたそうです。
そうですねえ、確かにあそこまで描けたら、きっと「自分には才能がある。画家でやっていこう」と思うでしょうね。
その印象派風の絵を維持していたら、そこそこの人気画家になり平穏な生活ができたのではないかと思うのですが、ゴーギャンはそういうタイプの人ではありませんでした。

今回の講師だった名古屋ボストン美術館の馬場館長は、日本人はゴッホ贔屓で、ゴーギャンはゴッホを苛めたと辛く見られがちだということを言われてました。
しかしゴッホの耳切り事件の原因がゴーギャンであるとは言い切れないですし、その後二人は完全に決別したのでなく、ゴーギャンはゴッホのことを気に掛けて手紙を何度か出しているそうです。

ゴッホを苛めたイメージがあるせいかどうかはわかりませんが、日本でのゴーギャン単独の展覧会は過去に1回しかないそうです。
1987年(昭和62年)、東京国立近代美術館と愛知県美術館で行われたものが唯一のようです。
日本への最初の紹介が1910年(明治43年)であること、知名度を考えると、不思議なくらいです。
ですから今回のゴーギャン展、貴重な機会かもしれません。
目玉となる『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』は、ゴーギャンが遺言の代わりに描いた畢生の大作ですが、ボストン美術館はこれまで海外にはフランスに2回しか出しておらず、アメリカ国内でもなかなか貸さないそうです。
ゴーギャン自身は『我々は~』を傑作になると信じたそうですから、画家がそう確信した理由を、実際に目で見て確かめる興味があります。
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by honnowa | 2009-01-26 23:57 | 美術
『街道をゆく 2 韓のくに紀行』 (司馬遼太郎 朝日文庫)は面白かったです。
このシリーズを読むのは『1 湖西のみち』 『35 オランダ紀行』に続き3冊目なのですが、この『韓のくに紀行』ではあまり取材ポイントを絞らずに、けっこう行き当たりばったり的な旅をされたせいか、司馬さんのお茶目な面が出ていて、笑いをこらえきれない箇所が何度もありました。

読み終えて、現在の韓国の様子が知りたくなりました。
『韓のくに紀行』の初出は、『週刊朝日』1971年7月16日号~1972年2月4日号なので、既に37年も経っています。
わたしは韓国に行ったこともなければ、知人もおりませんので、報道などで知る程度なのですが、きっと現在でも韓国人の気質はこうであろうと想像できる部分もあれば、取材当時の司馬さんに、「風景としてもしこれがいまの日本にあれば観光屋や別荘造成屋がすてておかないほどのものだが」(P76)、「いまの日本的環境からいえば、この大風景のなかで小ざかな何びきかを釣るだけですませているというのはとほうもないぜいたくといわねばならない」(前掲)と思わせた風景は、今はどうなっているのかしらと気になります。

さてこの週末に本を読み終えて、郵便受けに入っていたチラシ類を片付けていたところ、フリーペーパーに韓国旅行の広告が載っているのが目に留まりました。
「春を彩る韓国周遊 5日間」
そして行程には扶余(※1)の文字が。
えっ、扶余ってあの扶余?
観光ルートになってるんだ~

扶余というのは百済国(※2)の都だったところで、司馬さんも訪れています。
しかし道も舗装されていない田舎の何にもないところだったのです。
660年に、唐・新羅の連合軍に殲滅させられて、ほとんど何も残っていないのです。
あまりに寂れた様子に、地元の郷土史家は嘆き、司馬さんは亡霊でも出そうだと書いているほどです。
王宮跡に建っていたのは、司馬さんが泊まられた古びた二階建ての韓式宿です。
観光コースには「百済最後の王宮址」とありますが、その後何か石碑でも建ったのでしょうか。

司馬さん一行は扶余に着く前に、食事を取るために儒城(ユソン)に立ち寄っています。
「大田の郊外に温泉場がある。儒城という土地で、熱海などにもよくあるホテルまがいの鉄筋宿がならんでいた」(P232)とあるのですが、観光案内でも「温泉の街、儒城(ユソン)へ。夕食は、韓国ベストレストラン100選に選ばれた「マンナ」にて、ジンギスカンしゃぶしゃぶの夕食をご賞味くださいませ」とあるのには、笑ってしまいました。

本では司馬さんは名所旧跡に行きたがらず農村を希望し、古墳さえ「見あきたなぁ」と言い放ち、旅行会社の才媛とツアー・ガイドのデキル女性を唖然とさせる場面がしばしば登場するので、まさかみなさん、37年後の観光ルートとこれほど重なるとは、夢にも思わなかったでしょう。
司馬さんの目的は韓国の農村をぶらぶらすることによって、民族の原型に触れることだったのですから。


  《読み》

※1 本では「プヨ」、観光案内では「ブヨ」、地図では「Puyo」

※2 本では「ペクチエ」、以前学校では「くだら」と習いました。
   世代によっては「ひゃくさい」と習い、現在では現地にならって「ペクチェ」としている教科
   書もあるそうです。 (08/08/23に記事参照)
 
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by honnowa | 2009-01-25 19:28 |
タイトル    街道をゆく 2 <新装版> 韓のくに紀行
著  者     司馬遼太郎
発行所     朝日新聞出版
発行日     2008年8月30日 新装版第1刷発行
Cコード    C0193 (一般 文庫 日本文学、小説・物語)
内 容     加羅・新羅・百済の故地を訪れ、「韓」と「倭」の原型に触れようとする旅
         (カバーより)
動 機     DVDを観て、原作を読みたくなったので
私の分類   勉強

感 想

   『街道をゆく 2』 現在の韓国は如何 (09/01/25) 
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by honnowa | 2009-01-25 11:05 |

情報の拾い方

22日、ネットニュースで、ゴヤの『巨人』が実はゴヤの作品ではなかったという記事を見つけました。
美術ニュースとしてこのブログに取り上げようと思って読んでいたのですが、ニュースの読み手として、またはご覧のようなブログの書き手として、情報の拾い方についてちょっと考えさせられました。

ネットニュースの内容を読んでみますと、asahi.com は「調査報告書を、所蔵するマドリードのプラド美術館が近く公表する」と断定的なのに対し、YOMIURI ONLINE ではまだ結論は出ていないとしています。
また作品の知名度からすれば、Googleの「ニュース検索」でヒットするのが主にこの2報道というのも少なすぎます。
気になって中日新聞と日本経済新聞を新聞のほうで調べましたが、記事はありませんでした。
これは朝日がやや勇み足で、他所は正式結果が出るのを待っているといったところでしょうか。
どちらにしろ、目くじらをたてるほどのことではありません。
美術のニュースですし、こうして幾つかの報道を比較してみれば済むことです。
新聞を何誌も読んだり、テレビのニュースを幾つも掛け持ちで視るのは大変ですが、ネットですと手間ヒマ掛けずに簡単ですから、こうして比べ読みするのが正しいニュースの読み方と言えるでしょう。

さてわたしを驚かせたのは、報道ではなくてWikipedia なのです。
もう載ってるんですよ。
「公表した」と書かれてあるのですが、まだ公表ではありませんよ~
[履歴]をみますと、2009年1月22日 (木) 06:02 に追記されたようです。
こういうのってどうしたらいいのかしら。
記述した方に簡単に連絡する方法があれば、そうしたいところですが、簡単そうではないし、参加するのはわたしには難しそう・・・
もし宜しければ、どなたかお願いします~


  《各記事について》

  『asahi.com 』 (http://www.asahi.com/culture/update/0121/TKY200901210340.html)

  『YOMIURI ONLINE 』
(http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090122-OYT1T00240.htm?from=main1)

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 
    『フランシスコ・デ・ゴヤ』 (09/01/22版)
 
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by honnowa | 2009-01-24 23:33 | 科学と未来

お祝いの和歌

ある機関紙のエッセイに添えられていた和歌です。

  祝   君が代を 祝ふ心の おしなべて しづか家居に 煙りにぎわふ
          
そのエッセイは、新年を迎えるための餅つきの様子をとおして、年中行事を重ねながら一年いちねんを大切に過ごす筆者の心境を綴ったものです。

年の始めの気持ちの清々しさ。
皆で準備するにぎやかさ。
もち米を蒸す、小豆を煮る、湯を沸かす煙。
エッセイの情景と、添えられた歌があまりにもぴったりしていて、無作法にもどうやって歌をみつけたのか筆者に訊いてしまいました。
何か虎の巻でもあるのかと思って。
「いやぁ、家にね、この軸があってね」
無粋な質問をしてしまい、失礼致しました。

詠んだのは幕末期の公家 一条忠香(ただか)です。
どういう歌人なのか調べてみましたが、その方面ではわかりませんでした。
知り得たのはWikipedia に書いてあることだけですが、それによると、安政の大獄に名前が登場すること、娘が明治天皇皇后、養女が徳川慶喜御台所であることです。

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『一条忠香』
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by honnowa | 2009-01-21 22:29 |
『愛知県美術館ブログ』に『アンドリュー・ワイエス追悼』という記事が載っています。

ご本人と交流のあった学芸員さんはもちろんですが、一美術ファンのわたしにとっても、生前最後の展覧会であること、貴重なインタビュー映像、創作の過程を明かすような展示内容、講演会のことなど、きっと忘れられない展覧会となるでしょう。

どの作品が特に気に入ったとか、そういうのはなかったのですが、会場の空間が何とも心地よく、作品に織り込まれているワイエス氏のモデルや風物への愛着が、観ているこちらにも伝わってくるものですから。
記事に書かれてある氏の人となりと重なってきます。

記事の後半に「写真を基にしたスーパーリアリズムが流行したときには、その一派に括られたこともあった」とあります。
そうです。
わたしが子供のころ、美術の教科書で『遥か彼方に』を習ったときにも、確か「スーパーリアリズム」と紹介されていました。
でも氏の作品は本当はリアリズムではありません。


  《関連記事》

『アンドリュー・ワイエス』展 (09/01/11)

『アンドリュー・ワイエス』展 2 講演会 (09/01/13)

『アンドリュー・ワイエス』展 3 心象風景 (09/01/13)

『アンドリュー・ワイエス』展 4 よい企画ができるには (09/01/18)
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by honnowa | 2009-01-20 22:59 | 美術
ちょうど『アンドリュー・ワイエス』展の記事を書いている最中、愛知県美術館のサイトで知りました。
夏に撮影されたインタビュー映像では、とてもお元気そうでしたが・・・
孫娘のヴィクトリアさんが10日の講演会に来日できなかったのは、そういう事情だったのでしょうか。 (09/01/13の記事参照)

謹んでお悔やみ申し上げます。
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by honnowa | 2009-01-18 14:02 | 美術