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ニュートラルな気づき 


by honnowa
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後水尾院が関わった建築と庭

08/04/29の記事のつづきです。

宮内庁HPの『参観案内』を観ますと、5つの施設に参観できますが、そのうちの3つは後水尾院に関係があります。

修学院離宮は、後水尾上皇の指示で、造営。
仙洞御所は、後水尾天皇が上皇になられた際に造営。
桂離宮の基礎を築いた八条宮家初代智仁親王は、後水尾院の叔父にあたります。

鎌倉幕府以来、政治の実権は武士が握りつつも、表向きは朝廷を立てていたため、なんとか保っていた朝廷の権威だったのですが、徳川家康は朝廷に積極的に介入し、権威さえも奪ってゆきます。
その徳川家になんとか抗おうとした人物が後水尾院でした。

一級の文化人であった後水尾院のことを知りたく思っていたので、ちょうどの機会とネットで検索掛けてみたのですが、なかなか文化人としての全容を伝えてくれるよいサイトが見つかりません。
そこでこちらのサイトを読みました。

  『松岡正剛の千夜千冊』様より 『熊倉功夫 「後水尾院」』

熊倉功夫氏の本への、松岡正剛氏の書評です。
書評というよりも、後水尾院についてかなり詳しく説明されています。
これでだいたいわかったような気になってしまっているのですが、いえいえ、いずれ熊倉氏の本のほうも、ちゃんと読みますよ。
なお、熊倉氏は林腹美術館館長で、『小堀遠州 美の出会い展』の図録に『小堀遠州の交友』という解説を寄せていらっしゃいます。 (08/03/13の記事参照)

明日は、冒頭の3つの建造物と小堀遠州の関わりをみていきたいと思います。


《参考サイト》

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『後水尾天皇』
by honnowa | 2008-05-02 05:52 | 美術