ニュートラルな気づき 


by honnowa
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<   2009年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

21日はha緑地の定例作業に参加しました。
毎月第3月曜日に行なわれるため、祭日にならないとなかなか参加できません。
今回は今まで参加した中で、一番ハードでした。

当日の名古屋の気象です。(気象庁HPより)
9時   気温:24.8℃ 快晴
10時  気温:25.8℃
11時  気温:25.5℃ 
12時  気温:26.2℃ 晴

この日もツクツクボウシが鳴いていました。
セミはいつまで鳴くんでしょう。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、

  平地から山地まで、森林に幅広く生息する。地域によっては市街地でも比較的普通に発生す
  るが、基本的にはヒグラシと同じく森林性である。成虫は特に好む樹種はなく、ヒノキ、クヌギ、
  カキ、アカメガシワなどいろいろな木に止まる。警戒心が強く動きも素早く、クマゼミやアブラゼ
  ミに比べて捕獲が難しい。

  成虫は7月から発生するが、この頃はまだ数が少なく、鳴き声も他のセミにかき消されて目立
  たない。しかし他のセミが少なくなる8月下旬から9月上旬頃には鳴き声が際立つようになる。
  9月下旬にはさすがに数が少なくなるが、九州などの西南日本では10月上旬に鳴き声が聞こ
  えることがある。

別段、この時期に鳴いても不思議はないのですが、先週がとても涼しかったせいか、すっかり忘れていた夏の落し物が出てきたような感じです。
俳諧歳時記によると、秋の季語にありました。
『新改訂版 俳諧歳時記(秋)』(新潮社編 昭和43年改版) P140より

  法師蝉(ほうしぜみ) つくつくし つくつくぼ
  つくつくぼうし、つくつくぼうしと鳴く蝉で、一般に「法師蝉」と呼ばれている。体は暗黄緑色で黒
  い班があり、金色の毛が多い。翅は透明で、翅脈は褐色である。立秋の頃から鳴き出す。夕方
  灯のともる頃まで鳴いている。

ツクツクボウシを詠んだ句を探しましたら、正岡子規に辿り着きました。
子規が1901(明治34)年9月11日に聞いたツクツクボウシの鳴声は、「夏の落し物」といった風情ではなかったようです。

  「日本農業新聞」 > 四季(コラム) > 「[四季]9/11」
  (http://www.nougyou-shimbun.ne.jp/modules/bulletin11/article.php?storyid=997)

  コラム本文
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by honnowa | 2009-09-23 21:53
今日の午前は、恒例の、「秋の八竜緑地・市民緑地自然観察会」のガイドのお手伝いをしました。
今回は記録係をしたので、自分用のメモや写真を撮ることができませんでした。
記憶のある内に様子をUPします。

久々に暑い日でした。
雑木林の中では蝉が鳴いていて、意表をつかれました。
気温が25℃を越えたのかもしれません。
気象庁のHPに結果が出たら確認しておこう。

(09/09/23追記)
当日の名古屋の気象です。(気象庁HPより)
9時   気温:23.4℃ 晴
10時  気温:24.8℃
11時  気温:26.1℃ 
12時  気温:27.1℃ 晴


さて、今回は一般参加者の数があまり多くなく、4つにグループ分けすると、ちょうど1グループ8人くらいで、ガイドするのにちょうどよかったです。
Kさんをリーダーに出発です。

一般の方から見れば、春に比べてどうしても見劣りする秋の八竜。
まだまだ夏草が鬱蒼としている時期なのですが、Kさんが実がなっている植物にポイントを絞ってガイドしてゆきました。

観察したものを書き出すと、
アベマキのドングリ
コナラのドングリ・・・チョッキリムシが葉を落したもの
ソヨゴの実・・・少し赤くなり始めた
サワフタギの実・・・紫
ネジキ
コブシの実
ウメモドキ実・・・赤
クロミノニシゴリの実・・・黒
マメナシの実
エゴノキ
ガマズミの実・・・赤
クチナシの実
キズミの実
ハゼの実
タラ
ナツハゼの実・・・黒、おしりに花の形のスタンプを押したような痕がある
ウリカエデ
ミツバアケビの実
シャシャンボ
アオハダの枝と実
イソノキ
イヌザンショウの葉の香り
シラタマホシクサの花
ミズヒキの花
ヤマハギの花
ワレモコウ
アブラガヤ
ヌマガヤ
アキノウナギツカミの花と茎
ジョロウグモの巣・雄と雌


c0100148_22493356.jpg受付のお土産。
手前は、葉脈のパウチ。
奥は植物の写真のカード











c0100148_22501117.jpg帰りのお土産。
シュロで作ったバッタとヘビ。
Sさんの手作りです。
上のバッタは、持ち手が付いてます。
下のバッタは据え置き型で、前足があります。
真ん中のヘビは、指を入れて尻尾のほうを引っ張ると、指が抜けなくなります。
Sさん、素晴らしい~
どうやって作ったんでしょう。
左の植物はイヌザンショウ。
サンショウをあっさりした匂いです。
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by honnowa | 2009-09-20 22:57 | 自然
前回の記事のつづきです。
今回は劇のテーマに触れますので、スルーしたい方は宜しくお願いします。

画像はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より。

c0100148_12375124.jpg


「ACT SHAKESPEARE」のテーマは、シェイクスピア自身の「私は何者か?」という自問です。
これはどうやらシェイクスピアの生涯に不明の点があり、洗礼や埋葬の記録から追えるシェイクスピアなる人物と、数々の戯曲の傑作を書いた人物とは別人ではないか?という説まであることを踏まえています。
そして、傑作を書くが故の悩みを訴えます。
作品があまりに人気を得て、作者を越えて一人歩きを始め、シェイクスピアは「マクベスを書いたシェイクスピア」、「ハムレットを書いたシェイクスピア」としか見られない。
「本当のわたしは何者だ」、「本当のわたしの姿を知ってほしい」
彼は、時には彼が創作した人物たちが、観客席に向かって訴えます。

これはジュリー本人にも共通するところですね。
現在でこそ、一時代を築いたテレビ全盛路線との折り合いを付け、60歳代という年齢の自身が感じるものを率直に歌に表現し、その制作態度を徐々に世間が認知していきつつありますが、そこに至るまでには長い年月と数々の試行錯誤と、周囲の期待と自分の本音との葛藤など、さまざまな戦いがあったのだろうなと察します。

シェイクスピアはロンドンで劇作家兼俳優兼劇場主として成功を収めた後、故郷ストラトフォードへ引退したと見られています。
劇の終わり方は、シェイクスピアの引退の理由の一つの解釈を示しているのかもしれません。

それにしてもウィリアム・シェイクスピアとはどんな人物だったのでしょう。
シェイクスピアと言えば、上の画像の顔を思い浮かべませんか。
舞台のほうでも、冒頭、薄暗い中に白い垂れ幕に描かれたこのようなシェイクスピアの顔から始まります。
残念ながらこの絵や舞台セットの似顔絵では、彼の個性を伺うことができません。

もしかしたらこんな人だったのかもしれないと思わせる作品があります。
杉本博司の写真作品、「Portraits」シリーズより、「ウィリアム・シェイクスピア」です。
画像は、「だまし絵」展 (名古屋市美術館 2009年)の図録よりP137

c0100148_13513017.jpg


一瞬、シェイクスピアのポートレート?と思ってしまいそうですね。
もちろんそんな筈はありません。
また俳優が扮した写真でもありません。
これは精巧な蝋人形を撮影したものです。
その蝋人形も、現在に伝わっている数少ない肖像画を基に制作したでしょうから、この写真と記事の頭の版画図は、顔の造作の一つひとつはよく似ています。
なんだかやり手のビジネスマンのような顔ですね。
たいした家柄でない青年が都会に出て興行で大成功を収め、資産を形成して田舎に引退する、という経歴が似合いそうな風貌です。
ジュリーの演じるシェイクスピアは、ぜんぜんタイプの違う、よく動くお喋りな狂言回しです。


c0100148_1515849.jpg
最後におまけです。
小田島雄志訳 『ハムレット』のカバー。
イラストは池田満寿夫さんでした。











《参考サイト》

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 「ウィリアム・シェイクスピア」

  「HISTORIA」 > 逆引き人物伝 > 「ウィリアム・シェイクスピア」  
  (http://pezetairoi.hp.infoseek.co.jp/history/gyakubiki/Shakespeare.html)




《関連記事》

  「『ACT SHAKESPEARE』 1 ジュリーとシェイクスピア」 (09/09/13)

  「小田島雄志訳 『ハムレット』読了」 (09/09/13)  
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by honnowa | 2009-09-15 15:16 | パフォーマンス
DVDで沢田研二さんの音楽劇「ACT SHAKESPEARE」を視ました。
1993年3月20日、東京グローブ座で収録されたものです。
ジュリーは当時44歳。
その年のシングルは「そのキスが欲しい」(5月20日発売)
わたしがまったく知らない頃のジュリーです。

音楽劇「ACT」シリーズは1989年から1998年まで行なわれ、全10作ありますが、その内「ACT SHAKESPEARE」は5作目となります。
ACTシリーズを視るのはこれが初めてですが、とてもいい!
ジュリーとシェイクスピアはとても相性がいいように思えました。
ACTシリーズを全部シェイクスピアの作品でやってもらってもよかったなあ、と思うくらいです。
(こんなことを書いていても他の作品を観れば、「それがいい」と言うに違いないんですけどね)
音楽劇でなく、通常の演出の舞台も観てみたいです。

「ACT SHAKESPEARE」はシェイクスピアその人を題材にした舞台ですが、途中で『リア王』、『リチャード三世』、『ハムレット』のセリフが挟まれています。
本であたってみると、小田島雄志訳のシェイクスピア全集からそのまま採られていました。
それぞれの人物となってこれらのセリフを語るときのジュリーが、たまらなく素敵です。
シリアスで怖い表情のジュリーがもっと見たい~♪
なのでシェイクスピアの戯曲そのものを演じてもらいたいです。

実はわたしはシェイクスピアの戯曲はこれまできちんと読んだことがなかったのですが、「ACT SHAKESPEARE」を視た後、小田島雄志訳でジュリーの声音をイメージしながらなら読めそうだなあと思い、まずは『ハムレット』をするすると読んでしまいました。
若いころから一度はちゃんと読んでみたいと思っていたのにどうしても読めなかったシェイクスピアを、こうして読めたということに、ちょっと感激しています。
戯曲を楽しく読むコツですね。
登場人物ごとに違う役者さんが演じる舞台そのものを想像するのでなく、今回の「ACT SHAKESPEARE」のように、ジュリーが声音を変えて様々な人物を演じ分けるのを脳内で聞きながら読むという具合です。
『ハムレット』の諧謔溢れる台詞と、ジュリーの艶のある声と台詞回しがなんともうまく嵌ります。
勢いを借りて、『リチャード三世』も読み始めました。


《関連記事》

  「小田島雄志訳 『ハムレット』読了」 (09/09/13)
  
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by honnowa | 2009-09-13 13:54 | パフォーマンス
タイトル    ハムレット
          (シェイクスピア全集)
著 者     ウィリアム・シェイクスピア
訳 者     小田島雄志
発行所     白水社
発行日     1983年10月10日第1刷発行
         1993年9月10日第14刷発行
Cコード    C0297 (一般 新書 外国文学小説)
内 容     デンマークの王子ハムレットの苦悩と悲劇
動 機     沢田研二主演の音楽劇「ACT SHAKESPEARE」に触発されて     
私の分類   娯楽
感 想     

面白くて、一気に読めてしまいました。
チェイクスピアの戯曲を読みきったのが初めてならば、戯曲を楽しく読書したのも今回が初めてです。
文芸の中でどうにも戯曲は苦手分野で、シェイクスピアは若いころから何度もチャレンジしようとしたもののしょっぱなから挫折しました。
小田島雄志さんの訳ではなかったですけどね。
今回読もうと思ったのは、ジュリーが音楽劇の中で『ハムレット』や『リチャード三世』の台詞を言うシーンがあり、テキストで台詞を確かめたかったことと、そのジュリーの台詞回しをイメージすれば全編読めそうな気がしたからです。
で、実際に読めてしまいました。
これは戯曲を読むコツの一つですね。
脳内で再生した声を聞きながら読むという具合です。
その時に自分の好きな役者さんの声や言い方を再生させればよいわけです。

『ハムレット』は悲劇的なテーマとは裏腹に、台詞は諧謔に満ち、二人で会話する箇所はまるで漫才のやりとりのようでした。
とりあえず「悲劇的」と書いてみたものの、それは『ハムレット』がシェイクスピアの四大悲劇の一つであり、最後には死んでしまうからなのですが、愉快な台詞回しのおかげで、喜悲劇というほうのが似合うように思いました。
ハムレットって、もっと苦悩する憂鬱な人物でなかったでしたっけ。
これは後世の舞台や映画が作り上げたイメージだったのかもしれません。
本書は悲劇がこれでいいのかしらと思うくらい言葉遊び的なのですが、まあこれが所謂英国的ユーモアというものなのでしょうし、小田島さんがそういう面を生かして訳したということになるのでしょう。

さすればハムレット役者はハンサムでないといけませんね。
普通の人が演じると漫才になりかねず、コント『ハムレット』になってしまいかねません。
かつて作詞家の阿久悠さんがジュリーのことを、いい男だとわかっているから安心して無様な男の詞が書ける、他の歌手ならばかっこいい詞の力によってその歌手をより素晴らしくいい男に見えるようにした、と語っておられました。
主役でデンマークの王子という設定だけで、自ずと若くてハンサムな青年という像になるのかもしれませんが、もしかしたら当時シェイクスピアの周りにも雰囲気の良い魅惑的な俳優がいて、だからこのような台本が書けたのかもしれないと想像するのです。
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by honnowa | 2009-09-13 12:44 |