ニュートラルな気づき 


by honnowa
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<   2008年 06月 ( 30 )   > この月の画像一覧

ボールペン画

昨日は、Ha緑地の愛護会でいつもお世話になっているNさんのボールペン画を観に行きました。

c0100148_1552564.jpg(額のガラス面に会場内が写ってしまいました)
Nさんの作品、『ブルージュ・フランドルの古都』です。
版画のように見えますが、ボールペンで描いたものです。
ごくごく普通のボールペンで描かれるそうです。
Nさんはまだこれから、この作品に手を加えると仰ってましたが、ここまで仕上げるのにもすごい根気と集中力が要りそうで、好きで
                                     ないとできませんね。

c0100148_219360.jpg
こちらはお仲間の方の作品です。
(真ん中の白い丸は明りが写ってしまったものです)
他のみなさんも力作ぞろいでした。













c0100148_650830.jpg
こちらは教室の先生の作品です。
先生の阿部繁弘さんは、現在中日新聞に『愛知の街道を行く』を連載中です。
会場には新聞掲載作品の原画も置かれていました。
新聞紙上で観るよりも、はるかに美しかったです。
濃淡がとても繊細でした。
鉛筆を寝かして、紙面の凹凸を利用して、淡く色合いをつけるようなことを、どうしてあの尖った先端でしか描けないボールペンで同じようなことができるんでしょう。
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by honnowa | 2008-06-30 07:08 | 美術

山茶碗 1

瀬戸蔵ミュージアムの3階は、瀬戸焼の歴史を辿ることができる展示になっています。
(08/06/17の記事参照)
1100年代からは、「山茶碗」というものがたくさん展示されていました。
山茶碗?
その碗は浅めのサラダボウルというか、シリアルを食べるのにちょうどよさそうな形状でした。
しかしお茶をいただく向きではありません。
そもそも喫茶の習慣が定着するのは、栄西禅師が宋からお茶を持ち帰った1200年ごろ以降のことです。
茶碗といっても、別の用途に用いられたのでしょう。
案内チラシによると、

  ②「山茶碗と古瀬戸」 11世紀末~15世紀後半
  平安時代の終わりから鎌倉時代にかけて、釉薬をかけない日用雑記の山茶碗等が生産
  され始め、一方で当時、国産唯一の施釉陶器「古瀬戸」が生産されるようになります。宗
  教関連の器物生産から開始された古瀬戸は、次第に多様な器種を生産するようになり、
  全国に広く流通するようになります。

山茶碗とはどのようなものなのでしょう。
これについては、下記参考サイトを一通り読んでみました。
が、まだまだ研究途上のようで、わたしがかいつまんで説明できるようなお話ではありませんでした。

『増補 やきもの事典』(平凡社)によりますと、

  山茶椀(やまぢゃわん)
  東海地方の中世の瓷器系陶器窯で量産された日常用の食器の俗に行基焼・藤四郎焼と
  いわれるもので、山地に転がっていることからこう呼ばれる。

「山地に転がっている」とは何ともぞんざいな言い方ですが、展示されている出土品をみると、本当にそんな感じです。
展示を見ると一目瞭然なのですが、画像がなくて残念です。
無釉のお椀が、積み重なった状態で大量に出土しています。
なんだか瀬戸物のお店の店頭で飯茶碗や丼が重ねて紐で縛って置いてあったのが、ある日突然、ポンペイの遺跡のように火山の噴火で一瞬に埋まり、発掘されると、こんな感じかなと想像してしまいました。


《参考サイト》

  『常滑ラボ』様より 『中世の常滑焼』から 『山茶碗という焼き物(2002/12/21)』

  『財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター』様より
  > Downlords  > 研究紀要 > 第7号 >
    『山茶碗の用途をめぐって ─摩滅痕の分析から─』
  (http://www.maibun.com/DownDate/PDFdate/kiyo07/0708take.pdf)
  ※ PDFファイルで4.18MBありますので、リンクは張りませんでした。
 
  『瀬戸市』様より
  (http://www.city.seto.aichi.jp/files/rekishi/newpage3.htm)
  
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by honnowa | 2008-06-29 07:54 | 文化と歴史

ノウゼンカズラ

c0100148_5401825.jpg
お昼休み、公園で見つけたノウゼンカズラです。
ウィーピング仕立てですが、支柱の先に2メートル四方ほどの枡目の棚があり、藤棚のように木陰ができていました。
花に誘われて、ブロックに腰掛け、ほっと一息。



c0100148_6193712.jpg
花はなぜこうも気持ちを穏やかに豊かにしてくれるんでしょう。
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by honnowa | 2008-06-28 07:08 | 自然

正午

職場のKちゃんが、行事開催案内チラシの集合時間について、こう言ってきました。
「××さんがお昼の12時を、“午前12時”にしたんだけど、“午前12時”と“午後12時”と本当はどちらがいいんだろう?」
彼女の口ぶりでは、“午後12時”が正しいと思っているようですが、“午後12時”は明らかに間違えなので、
「“午前12時”と“午後0時”でしょ」と訂正してあげたのですが、また繰り返し「午前12時”と“午後12時”」と言うので、こういう訳のわからないコは放っておくことにして、自分で“午前12時”と“午後0時”とどちらがよいのか調べてみることにしました。

いつものことながら、

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『正午』
  
この『Wikipedia』の内容は、面白い。
これは調べるきっかけをくれたKちゃんに感謝ですね。
彼女の激しい勘違いもたまにはいいことあります。
記述は短いので、ぜひリンク先で読んで下さい。

一応、「午前12時」が法的には正しいようです。
記述の参考とされている「独立行政法人情報通信研究機構周波数標準課」というのも、世の中いろいろな職場があるもんですね。

『Wikipedia』のページの下に記述されていた「気象庁の時間細分」も勉強になりました。
わかっているような概念も、いざ言葉で記そうとすると、些細なことに迷うものなのです。
例えば「未明」
具体的に何時かご存知でしたでしょうか。
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by honnowa | 2008-06-27 05:53 | 文化と歴史
24日は『現代アート 空間のコンセプト』展 (電気文化会館5F東ギャラリー)に行ってきました。

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なんとも漠然としたタイトルですが、チラシには「現代アートが生活の只中に介在し溶け込むシーンを提案いたします」とありました。
7名の方の作品が展示されていましたが、花澤洋太氏の作品がちょっとユニークでした。

大きくうねった土台に小さな四角がたくさん描かれています。
あたかも油絵具の上にタイルかガラス片を埋め込んだかのようです。
明るい色彩と、厚塗り絵具の光沢で画面はなかなかきれいでした。

失礼ながら絵画というよりも建材感覚で眺めていたのですが、それゆえ現代日本人の普通の生活空間に飾れる作品だと思います。
眺めながら、自宅のさまざまな場所に飾ったところを想像してみました。
どこに置いても違和感なさそうですし、幾つ置いてもよさそうです。
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by honnowa | 2008-06-26 04:55 | 美術

梅雨空

この時季なので、「梅雨空」という言葉を何気なく使ったりするのですが、「梅雨空」の「空」は曇った天を指すのか、雲の切れ間から覗く青空を指すのか、気になって調べてみました。

『大辞林 第二版』(三省堂)より

  つゆぞら 【《梅雨》空】
  梅雨の時期の空一面を雨雲がおおっている空模様。[季]夏。

季語なので、『新改訂版 俳諧歳時記(夏)』(新潮社編)をあたってみますと、

  梅雨どきの空である。少し小止みになって空の一方から薄日が射すかと思うと、またしとし
  とと降り出す。黒雲が低く垂れこめて昼なお暗い感じのする空、底抜けにぞうぞうと雨を降
  らす空、そういう梅雨の空である。「梅天」(ばいてん)も同じである。

  梅雨空の俄(には)かに裂けし日射しかな  徳川夢声

あらためて知ると、「梅雨空」は様々な様相を表す言葉ですね。
この解説もよいし、徳川夢声の句も、情景が目に浮かびます。
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by honnowa | 2008-06-25 05:02 |
今朝は、青空が広がりました。
久々に朝日を見ました。
昨日も終日雨交じりの曇天でしたが、昼に少し雲が切れ、紫陽花も色あせてきましたし、そろそろ梅雨も終わりでしょうか。
いえいえ、天気予報を確認しましたら、梅雨の中休みということでした。
まだまだですね。

この週末も雨でしたが、22日の日曜日はきれいな明るい色の絵を観て気分転換を図ろうと、名古屋ボストン美術館の『クロード・モネの世界』展を観てきました。

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この展覧会、実はモネの作品はたった24点しかありません。
全体でも58点です。
しかしながらわたしが1番見たかったアルジャントゥイユの頃の作品もありましたし、後半生の有名な作品群、「積藁」、「ルーアン大聖堂」、「セーヌ川」、「チャリングクロス」、「睡蓮」もありましたし、少ないながらもモネの画業をよく網羅しています。
また有名な連作時代への過渡期の頃の作品も確認ができ、わたしとしては収穫ある展覧会でした。

1888年ごろモネは南フランスへ行き、絵を制作しています。
ちょうどゴッホがアルルに向かう直前なのですが、そのモネの絵のタッチがゴッホ風なのが興味深かったです。
そのような筆遣いが似合う土地なのでしょうか。

展示の半数以上はモネ以外の作品ですが、いずれもモネの作品との比較検討のためによく吟味されておりました。
比較のためとはいえ、終生の友であったルノアール、同時代に活躍した、ドガ、シスレー、ピサロ、セザンヌ、そしてミレー、コロー、ブータンといった先達たちと、並べる作品がまたいいのです。
特に歌川(安藤)広重の浮世絵と並べての展示は勉強になりました。
浮世絵の影響は相当に深い。
日本趣味を作品のモチーフや生活に取り入れていたというだけでなく、広重の構図をモネはよく研究していたようです。
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by honnowa | 2008-06-24 06:45 | 美術

御本立鶴茶碗 2

昨日08/06/22の記事のつづきです。

『小堀遠州 美の出会い展』の図録解説によると、御本立鶴茶碗は数碗が伝世しているそうです。

展覧会に出展されていたものは、北村美術館所蔵品です。

  『<今出川通り>にそって点在する五つの美術館のコミュニティ案内・リンクのページ』より
    『北村美術館』


他にどこが所蔵しているのか調べてみましたが、Googleで「御本立鶴茶碗 美術館 所蔵」で検索してみたところ、野村美術館しかみつかりませんでした。

  『野村美術館』様より 『茶碗』

この2碗しかないのであれば、そのように書かれるでしょうから、他は個人所蔵なのでしょうか。
特徴あるお茶碗ですから覚えやすいですし、いつかどこかの展覧会で、野村美術館のものや、3つ目、4つ目のお茶碗に出逢えることがあるやもしれません。
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by honnowa | 2008-06-23 05:25 | 美術

御本立鶴茶碗 1

08/06/19の記事のつづきです。

『小堀遠州 美の出会い展』にも出展され、『増補 やきもの事典』にも、名高いと挙げられた「御本立鶴茶碗」についてです。 (08/03/13の記事参照)

まずお茶碗の姿はこちらでご確認下さい。
(展覧会は終わっております。念のため)

  『松坂屋』様より > 名古屋店 > 松坂屋美術館 > 過去の開催履歴
    『小堀遠州 美の出会い展』


図録の解説によりますと、(P150)

  御本立鶴茶碗(ごほんたちづるちゃわん) 銘・池水(いけみず)
  高 10・2  口径12・7  高台径 6・6
  北村美術館

  日本から朝鮮釜山窯に注文した茶碗を御本と呼び、その代表とされるのが立鶴の茶碗で
  ある。寛永年間、3代将軍家光が細川三斎の喜寿の賀に立鶴の絵を描き、遠州が切形を
  つけ、対馬の宗家を通じて注文したと伝わる。現在数碗が伝世している。
  特徴は口辺がやや端反りで、胴部に白黒二色象嵌で二面に立鶴の押型が相対してい
  る。高台は三方割であることが約束となっている。大振りで慶賀の際に濃茶茶碗として使
  用するのに十分な風格をそなえている。
  内箱書付は5世宗香で、蓋表に「池水」、蓋裏に「千とせふるたづのむれいる池水は 波の
  音さえのどかなる哉」の和歌を記している。もとは鴻池家所持。

『増補 やきもの事典』 (平凡社)でも確認しますと、

  御本立鶴(ごほんたちづる)
  立鶴茶碗の御本手のものをいう。

  立鶴茶碗(たちづるぢゃわん)
  高麗御本茶碗の一種。寛永年間(1624~44)将軍家の大福茶のために注文されたもの
  で3代家光が鶴の下絵を書き、遠州が意匠したといわれる。御本茶碗の始まりである。立
  鶴は押形で二方にあり、筒形・端反(はたぞり)・割高台を約束している。
  後に対州窯や他の国境でも写しが作られている。

  切型(きりがた)
  茶入や茶碗の形を実物大にスケッチして切抜いたもの。
  窯元への注文などに使われたが、のち好み道具の見本帳となって残されている。宗及
  切型・利休切型・遠州切型などがある。

  端反(はしぞり)
  器の口縁が外部に沿っていることを指す。

  割高台(わりこうだい)
  高台の内側を削らずに、十文字に欠割った形のものが普通だが、ほかにも種々に割った
  ものがある。高麗茶碗のうち、割高台になった茶碗を指す名称としていわれる場合もある。

お茶の世界の約束事は深いですね。
解説を書き写しながら、1つの茶碗のこんな小さな部分にまで、と感じ入りました。

   
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by honnowa | 2008-06-22 07:48 | 美術
図書館に寄りました。
ゴッホのことが気になるのですが、書簡集や、そこから展開された論文には躊躇いが生じ、ライトなガイド本を借りました。

ゴッホは浮世絵に関心があっただけでなく、日本の地へも深く憧憬していたようです。
しかし、ゴッホのアルル行きが、彼が浮世絵から想像した日本の光景、光、色を求めるためだったというのは意外な話しでした。
天才画家はアルルの地に浮世絵の何を見たのでしょう。

今、ブログ記事を書きながら外を見ると、ゴッホの知らない梅雨の空です。



 
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by honnowa | 2008-06-21 08:12 |