ニュートラルな気づき 


by honnowa
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<   2007年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

無茶苦茶なタイトルになってしまいました。
調べていくと繋がっていたものですから。
季節柄、「芋づる式」のようで、面白いです。
昨日07/10/30の記事のつづきです。

最初に煎茶を伝えたのが、または日本で広めたのが誰か、いくつかのサイトで調べてみたのですが、はっきりとはわからないようです。
ただ茶葉の伝来については、黄檗宗の開祖、隠元禅師の名前が挙げられています。
黄檗宗、隠元禅師といえば「若冲展」で観た、 『黄檗山万福寺境内図(おうばくさんまんぷくじけいだいず)』に関連して調べたところです。 (07/06/1207/06/13の記事参照)
そしてその繋がりで漱石の『草枕』にも言及しました。
『草枕』にはお茶の味わい方についてもいい文章があるので、もう一度『草枕』まで辿ろうと思います。
よってこのタイトル。

さて話を戻し、煎茶を広めたと記録上はっきりしているのは、高遊外賣茶翁(こうゆうがいばいさおう)という人物で、黄檗宗の禅師です。
詳しくはこちらをご覧ください。

  『賣茶正流煎茶・好石流瓶華』様より 『煎茶の歴史』

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『売茶翁』

このように風流、いえ賣茶翁の場合は禅の道を究めた人もいるのですね。
禅の心にどうしてお茶が必要なのか、興味は尽きません。
わたしもこのような風流の境地に、自分なりに近づきたいです。
それには読んでくださった方に、「お茶を一杯どうぞ」の精神でしょうか。

そして賣茶翁は若冲とも親交があったようですね。
こういうことを知るだけでも、なんとなくこの頃の京の雰囲気がわかるような気がします。
政権が京から江戸に移り百年経ち、京では形式ばかりににとらわれない個性豊かで自由な町衆の気風が溢れていたのだと想像します。

長くなりましたので、続きはまた明日。
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by honnowa | 2007-10-31 06:07 | 文化と歴史

明日は何の日でしょうか

明日は何の日でしょうか。
ハロウィーン。
そうなんですね。
お店のディスプレイはニタニタ笑うカボチャばかりです。
若いお母様方に伺うと近頃は町内ぐるみの行事になっているそうで、子供たちがお菓子を貰いに各お宅を回ってくるので、用意しなくてはならないそうな。
そんなに世間では定着していたのですね。
というか、外国行事の受け入れが早いよ~、この国。

さてハロウィーン以外に、明日は「日本茶の日」でもあります。
こちらも元々は外国(中国)文化でした。
「1192年(建久2年)、臨済宗の開祖・栄西が宋から帰国し、茶の種子と製法を持ち帰りました。」のが今日ということのようです。

  (社)鹿児島県茶生産協会様のホームページより 『お茶のマメ知識』

ページの下の方にあります。
お茶に関する記念日、いろいろありますね。
栄西禅師についてはこちらが詳しいです。

   カワサキ機工㈱様の 『お茶街道』より 
    『人物クローズアップ』から 『第1回 栄西禅師』


栄西禅師の広めたお茶はすぐに上流階級に広まりましたが、それは抹茶です。
日常によく飲まれる煎茶はもう少し後の時代に、やはり中国から伝わりました。
この続きはまた明日。
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by honnowa | 2007-10-30 07:05 | 文化と歴史
昨日07/10/28の記事のつづきです。

別の例。
『賢木(さかき)巻』で、桐壺院崩御の後、源氏が院の中宮である藤壺に迫る場面

  (源氏が)まねぶべきやうなく聞こえつづけたまへど、、いとこよなくもて離れきこえたま
  ひて、はてはては御胸をいたう悩みたまへば、近うさぶらひつる命婦、弁などぞ、あさまし
  う見たてまつりあつかふ。は、うしつらしと思ひきこえたまふこと限りなきに、来し方行く
  先かきくらす心地して、うつし心失せにければ、明けはてにけれど出でたまはずなりぬ。

  君は、筆に尽くせないような言葉の数々をかき口説きつづけられるけれども、はまったく
  思い離れた態度をお崩しにならないで、心の底から湧き出る君へのいとしさの思いを耐え
  ぬいていられた。眼の前に、悩みもだえて愛情を求めているいるひとの、世にも美しく、あ
  われ深い姿を御覧になると、じっと耐えていらっしゃる犯しがたいけだかさの内側には氷の
  ひび割れるように厳しい切なさがつのってきて、ついには、お胸がひどく痛んでくるの
  だった。近くに控えていた命婦や弁などが驚いて御介抱申し上げる。男君は、宮に情ない
  お扱いを受けて辛いとお思い申すことも一通りでなく、過去も未来も、真の闇になったよう
  に覚えて、御本心も失せてしまい、夜が明けはなれても外にお出にならずにしまった。

情念に突き動かされる源氏の呼称が「男」になっているのに対し、藤壺は「女」に成りきれず「宮」の態度を崩しません。
院の后である藤壺は源氏の義理の母でもあるので、二人の恋は社会的に許されません。
まして藤壺と故桐壺院との子供は、実は源氏との不義の子供であるという秘密を抱えています。
桐壺院が崩御して、政敵が朝廷を支配するようになった状況で、彼女はどうすれば子供を守れるか必死です。
後ろ盾がなくなり、子供の後見役として頼めるのは源氏のみ。
ですから一思いに彼を突きはなすこともできず、もちろん愛情も抱いている。
しかし源氏を受け入れ、世間に知れ、非難を集めるようなことになれば、子供の立場がどうなるかわからない。
そういう詳細な状況までも、この呼称が表現しているのです。

さてここで原文では「男」としているのに、訳では「男君」ですね。
これを少し考えてみましょう。
これは現在進行形で綴っている筆者と、物語全体を掌握した上で口語約している訳者との違いだと思います。

藤壺の胸が痛み苦しむ騒ぎとなり、源氏は女房らの機転で塗籠(ぬりごめ)に隠されます。
藤壺の兄弟までが見舞いに来るので、源氏は表に出るに出られません。
夕方になりようやく周りが落ち着いたところで、源氏はもう一度藤壺の姿を見、心乱れて彼女の身を引き寄せて迫るのです。
ここで円地訳です。

  は長い間、世の掟を思って抑えつづけていられた分別をすべて投げ捨ててしまったよう
  にとり乱して、正気も失ったかと思うばかり、しどろもどろに泣きながら恨みごとをおっしゃ
  るけれども、宮は真実、思いやりのないなさり方と思って、御返事もなさらない。

光源氏はこの藤壺との恋以外にも、昨日取り上げた朧月夜の君、さらには玉鬘と、無理な相手ほど心惹かれる性質という設定なので、その度に「男」と記していたら作品の格調が失われますので、「男君」としたのでしょうけど、さすがにここでは「男」です。
訳者の苦心ですね。

原文では主語の省略が多いのですが、現代の表現としてはそういうわけにはいきません。
源氏の訳は与謝野晶子、谷崎潤一郎、最近では瀬戸内寂聴がありますから、彼らは呼称をどう訳したのかも読み比べの楽しさです。
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by honnowa | 2007-10-29 06:57 |
『源氏物語への道』 (鈴木日出男 小学館)に、「物語の人物呼称」という節があります。

現在の小説ならば登場人物は氏名で綴られますが、源氏物語では身分、または官名で呼ばれています。
例えば、光源氏の友人でもありライバルでもある頭中将(とうのちゅうじょう)は、権中納言(ごんのちゅうなごん)、内大臣、太政大臣と、出世とともに呼称が変わります。
「作中人物を男子であればその官名によって、また女子であればその男子の帰属する関係によって表そうとするのは、物語のつくり出している社会とどう関わりあう存在であるかを示していることになる。物語の人物呼称は、いかにも社会的な位相を表現しているのである。」(P108)
しかし、「逢瀬などで男と女の関係が強調されると、「男」とか「女」とかの呼称に転ずることがある」というのが、この節のミソです。

では、どう変わるのか見ていきましょう。
原文は『源氏物語への道』から、口語訳は円地文子訳(新潮社)からです。

『花宴(はなのえん)巻』より、源氏がはじめて朧月夜(おぼろづきよ)の君と出会う場面
  
  (源氏の)酔ひ心地や試ならざりけん、(朧月夜を)ゆるさむことは口惜しきに、も若うた
  をやぎて、強き心も知らぬなるべし、らうたしと(源氏が)見たまふに、ほどなく明けゆけ
  ば、心あわたたし。は、まして、さまざまに思ひ乱れたる気色なり。

  君は酔心地の常ならぬためか、このまま手放してしまうのは残念なのに、のほうも若く
  なよなよしていて、はねつけるような強いところは持っていないらしい。靡き寄るのをいかに
  も可愛いとお思いになっているうちに、早くも夜が明けてゆくので、心あわただしい。はま
  して千々に思い乱れている様子である。

二人は偶然、運命的な出会いをします。
朧月夜の君は、声で相手を光源氏と見当つけるのですが、源氏のほうは相手が誰だか知りません。
女は実は政敵の姫君、しかも東宮(源氏の兄)のお后候補でした。
知っていたら、さすがの源氏も近寄らなかったでしょう。
二人はお互いの声や雰囲気や歌の詠みぶりなどで恋に落ちたゆえに、その後相手が誰かわかっても情念を抑えることができず、無理な逢瀬を重ねます。
そしてこの恋愛が元で、源氏は一時都から離れることになります。

もう少し例を見ますが、長くなりましたので、また明日。
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by honnowa | 2007-10-28 07:01 |
先日、放射線の利用による品種改良を取り上げましたが (07/10/24の記事参照)、そのようなやり方、または従来の交配によるやり方と、遺伝子組み換え技術による品種改良との最大の違いは、遺伝子組み換えのほうは種の違いを超えた組み換えが可能である点です。
倫理的、宗教的、哲学的問題は置くとして、そのような遺伝子組み換えの作物を摂取することの人体への影響について、専門家でも意見が分かれていますし、わたしも自分なりの意見が言えるほどの知識は持ち合わせておりません。
ただ日本国内において、一部の商品については使用しているかどうかの表示が義務づけられているのは、反対の声が高いからのようです。

さらに反対派の意見の中に、「新しい遺伝子が新たなタンパク質を製造することにより、あらたなアレルゲンとなる可能性がある」というものがあります。
その作物にどんなタンパク質ができたか調べて、もし未知のタンパク質が合成されていたなら、新薬の開発なみの徹底した臨床試験をすればよいのでは、と考えるのは素人でしょうか。
現実にはどうなのでしょう。
臨床試験などを経ず、ぽんと出荷されてしまうのでしょうか。
でもここでわからないのは、人間は動植物のタンパク質を摂取しても、そのまま体内で使用するのではありません。
いちいちアミノ酸まで分解してまた再合成し直しています。
わたしはここでアレルギー発生のメカニズムとタンパク質再合成の話が、頭の中でまったく噛み合わず、ここを理解しないと先に進まない状態です。
たとえ昔からある既存の物質であっても、花粉症に突然なるのですし、蕎麦のショック死なども起こるのです。

地球温暖化などの環境問題で警鐘を鳴らしていらっしゃる武田先生のホームページに、遺伝子組み換え作物についてのお考えが載っていました。
1つの考え方です。

  武田邦彦先生のホームページの 『◇◇   食・生活 』より
    『食の安全・安心 20 ー遺伝子作物ー 遺伝子組み換え作物は安全か?』

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by honnowa | 2007-10-27 10:26 | 科学と未来
気分一新、ブログのデザインを変更しました。

9月11日付一般紙から、『人生についての断章』 バードランド・ラッセル (中野好之・太田喜一郎訳)より

  われわれにとって最も不愉快な人類は、相手を見境なく分類して、分り切ったレッテルを
  貼る人々である。

わたしがブログに記事を書く際、もっとも気をつけていることです。
そしてわたし自身がこういう傾向の強い人間でもあるので、書きながらつまらない自分を壊していきたいと思うのです。 
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by honnowa | 2007-10-26 06:20 |
このブログを始めて、今日でちょうど一年が経ちました。
わたしは書くことはとても不得手です。
それにもかかわらず、12月からはほぼ毎日更新も続けることができました。
これもひとえに読んでくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。

一年前の記事を読みますと、このブログを書く理由がだいぶ変わっているのに驚きます。
当時のわたしは自分を、書くことができない、読むことしかできないのだと思っていました。
ですから本、または文章を読む、ということをテーマにしたブログにしたのですが、結果としてはいくらでも書ける自分の発見でした。
読むことと、このブログを書くことは、わたしにとっては同等に大切なものになりました。
そして一年前は「面白かった本の感想を披露したくて始め」たのですが、いま書きたいのは感想ではなく、わたしがこれまで知らず、読書によって新たに得た美、価値、知識なのです。

ところでわたしたちはさまざまな物に囲まれて生きていますし、宇宙にもさまざまな物質が充満しています。
しかし光学的に観測できるのは宇宙の質量のたった4%に過ぎません。
残りはダークマター、ダークエネルギーと呼ばれており、観測できないのですが、そういうものが存在しないと現在の宇宙や銀河の形にならないのです。
そうすると世の中のことをすべて知り尽くしたとしても、それは宇宙の中のたった4%の出来事なのです。
そう考えると退屈している暇はありませんし、既知のことに埋没しているだけでは、あまりにも詰まらない。
わたしの日々発見の記録が、読んでくださる皆様にとっても面白い新発見になれれば、こんなに嬉しいことはありません。
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by honnowa | 2007-10-25 06:29 | サイト

放射線による品種改良

10月26日は「原子力の日」なのだそうです。
その関連で、こんな文章を目にしました。(子供向けです)

  アズキにはいろいろな種類があって、そのなかには、早い時期に多くの量を収穫できるよ
  うに放射線を利用して改良されたものもあります。
  このように、放射線を利用すれば農作物の性質をかえることができ、病気に強いナシやト
  マト、早く収穫できるモモ、枝豆にてきしたダイズ、冬も緑色のシバフ、さまざまな色のバ
  ラやキクの花などもつくられています。

放射線の利用について、ジャガイモの芽が出ないように放射線に当てているという話は聞いたことがありますが、自分が知らないだけで、もっといろいろと利用されているようですね。
この文章つまりは、放射線による突然変異を農作物の品種改良に役立てている、ということです。
こういう作物はどれくらい身近にあるものなのでしょうか。
ネットで調べましたら、インターネットラジオ局による次のような面白い科学情報番組にたどりつきました。
リンク先で概要を読むことができます。
放送は19分間です。

  インターネットラジオ局くりらじ 『ヴォイニッチの科学書』より
    『Chapter-23 2004年1月24日 放射線を用いた植物の品種改良』


2004年の話ですが、この時点で理論的には放射線を1つの遺伝子にあてることが可能だということです。
そして遺伝子に傷をつけるのですが、傷ですからふつうはダメージになるのですが、適度な傷だと有効な突然変異になるようです。
もともと自然界でも突然変異は起こりますし、その一因は放射線や紫外線です。
ですから自然発生的突然変異より発生のサイクルを速め、有効性の確率を高めているだけにすぎません。
そのせいでしょうか。
昨今の遺伝子組み換えによる品種改良ほど話題に登らず、でも確実に品種は増えています。
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by honnowa | 2007-10-24 05:26 | 科学と未来

日次決算

9月の一般紙より。

名古屋証券取引所に上場する企業で、あみやき亭という焼肉チェーンの企業が、期末から2日後に決算発表を行ったことが記事として取り上げられていました。

期末から2日後というと、たいていの企業では棚卸しや未払い費用の処理に追われている段階です。
どうしてこの企業がそんな早業ができるのかというと、なんと日次決算を導入しているからなのです。
日次決算!
初めて聞きましたよ。
ふつうは月次決算です。
中小企業なら月次決算もやっていないところが多いでしょう。
職場で経理の方や、経験者の方に聞いても、「TOPの強い意思と、よほどシンプルなシステムにしないと難しい、やろうと思っても簡単にできることではない」と、みなさん仰いました。

わたしも経理、業務が月末締めのためにいかにバタバタの状態になるかを経験しているので、日次決算なんて本当に可能なのか、そのためにどういうシステムを導入しているのかとても興味があります。
新聞記事には具体的に幾つか紹介されていました。
例えば、オンライン金庫。
どんな金庫か見てみたい~!

あみやき亭のホームページを見てみました。
IRのページには月次速報として、9月までの売り上げが10月2日付けで公開されていました。
立派です!
つねづね会社のシステムは、シンプル イズ ベスト が理想と思っているので、記事の最後の社長さんのコメント「日次決算は会社の仕組みを単純化して初めてできる。それが効率化につながっている」には、大いに共感しました。
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by honnowa | 2007-10-23 07:19 | 初めての・・・
タイトルの本は、日本の古来からのさまざまな系統の文学から、『源氏物語』という頂点をなす作品が生まれた経緯を探るものです。
わたしは別に贈答歌の解釈のテクニックを掴むという目的で読んでいます。
贈答歌とはどういうものか、どう読み解けばいいのか、知りたくて本をさがしたのですが、なかなか手ごろなものが見つからず、この本に行きあたりました。
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by honnowa | 2007-10-22 07:41 |