ニュートラルな気づき 


by honnowa
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『人類の知的遺産4 孔子』の「Ⅳ 伝承と展開──孔子観の変遷──」を読みました。
特に政治家は時代によりイデオロギーの変化と共に、持ち上げられ、あるいは扱き下ろされたりするものですが、孔子の評価もなかなか変遷が激しいようです。
孔子自身は政治家として活躍した時期は少なく、教育者であり、なによりも2500年も昔の人なので、日本であれば聖徳太子のように半ば伝説的になり、偉人として取り上げられこそすれ批判にさらされることはあるまいと思うのですが・・・

主な原因は儒教が過去の中国で国教とされたからでしょう。
あの国の激しい王朝の交代と革命で、良くも悪くも政治に利用されてしまったのですね。
日本ではどうかというと、江戸時代に儒学の流れを汲む朱子学が官学となったものの、「中国や朝鮮でのように官吏登用試験がそれによって行なわれるということが日本ではなかっただけに、それが日本の儒学を自由なものにしていたのである。」(P340)
ということで批判が出てもそれは学問の範囲内のことなのです。
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by honnowa | 2007-01-31 13:51 |
孔子についての理解を深めるために、『人類の知的遺産4 孔子』(金谷治著)を読んでいます。
『論語』の詞が一つひとつ短くわかりやすく一種の処世術であり、現代社会にも適用しやすいので、それほど大昔のものという感じを受けないのですが、実は大昔なのですよね。
孔子は紀元前552年生まれで、2500年も前の人。
今から2500年前の処世術が現代社会にも通ずるなんて、世の中は進歩しているようで、たいして変化していないのです。
ちなみに釈迦は紀元前563年ごろの誕生ですので、この二人は同時代人なのでした。
もし当時、中国とインドに行き来があり、お互いの存在を知っていたとしたら・・・
孔子は宗教的なものには一線引く主義で、しかも社会の安定のために名君を求めていたようなので、釈迦の出家を思いとどまらせようと諭していたかも。
さて孔子が亡くなるのは紀元前479年ですが、この頃のギリシャにヘロドトスが誕生しています。
こういうことを思い合わせると、孔子が一種の無宗教主義であるのは不思議な気がするし、現代まで繋がる中国人の最大の特徴なのでしょうか。
(但し、孔子は心の内では天の存在を確信していたそうですけど)
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by honnowa | 2007-01-30 07:13 |
井上靖の『孔子』は、孔子の死後三十三年後、生前の孔子に家僕として仕えていた男(井上靖が創作した人物)が孔子のことを研究しようとする人々に、孔子の様子を伝えるという物語です。

わたしは当初なんとなくこの設定が不思議だったのですね。
孔子には有名な門人が何人もおり、実在の人物でも創作の人物でもいいのですが、直弟子が話すという設定のほうが自然ではないかと。
また話を聴きにやってくる孔子研究会の様子も、学術的な研究グループという様子でなく、なんだかカルチャーセンターに熱心に通う市井の人々という雰囲気なのです。

いま参考に『人類の知的遺産4 孔子』(金谷治著)を読んでますが、このちょっと不自然な設定が、実は実態にかなり迫っているのではないかという気がしてきました。
 
孔子の詞を今日伝えるものは『論語』ですが、それは孔子自身の著作でなく、孔子の門人たちが書き留めたり、人に伝えた孔子の詞や行動を後世の時代にまとめたものです。
全体は二十篇に分かれそれぞれ篇名が付いていますが、各篇の内容はあまりまとまったものでないようですし、篇名も篇の初めに出てくる文字を採っただけに過ぎません。
内容そのものは短いセンテンスの羅列で、聖書のようにストーリーになっているのではありません。
そうした『論語』の構成のなさが、最初に孔子の詞を集めようとした人々が素人的な人々だったのではないかと、井上靖に想像させたのかなという気がするのです。
有力な門人がやっていたとしたら、たとえば経典のような長文になり、ソクラテスのことを綴ったプラトンの著作のようになったのではないかと思えるのです。
ちなみに上述の金谷治先生はプラトンの著作を引き合いに出し、次のように述べられています。(P132)

  孔子とその学団のことを伝えるという主眼ははっきりしていても、そのために特別な工夫を
  こらすことはなかった。たとえばプラトンは、その敬慕するソクラテスの思想を伝えるた
  めに、すばらしい対話篇のかたちを構築した。対話という形式を通じて問題の追及が深め
  られ、ソクラテスの思想の深部が明らかにされる。それはまさにプラトンという一人の天才
  の著作であった。残念ながらというべきか、『論語』のばあいには、それがない。仁とか忠
  恕とかいう問題について、特に対話篇ができてもよさそうに思われるのだが、そうした設定
  をしないところに中国的な思考の特色があるのであろう。
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by honnowa | 2007-01-29 06:26 |

孔子について あれこれ

孔子は魯という国の出身でその地で亡くなりますが、その国の都は現在の山東省曲阜になります。
その地にある孔子ゆかりの孔廟(孔子を祀る)、孔林(孔子一族の墓所)、孔府(孔子一族の住居兼役所)は世界遺産に登録されています。
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by honnowa | 2007-01-28 14:12 |
先日から気になっていたプロコフィエフの『フルートソナタ ニ長調 作品94』を聴きました。
(07/1/13の記事参照)
ずいぶん印象違いました。
そりゃ、高校生と方や巨匠ジャン=ピエール・ランパル(フルート)なので当たり前なのですが・・・
じつはその日のわたしの気分は少々ガサガサした荒っぽいものを聴きたい心境だったのです。
ですけど何せランパルなので、洗練の極みというか、いわゆる近代音楽らしい演奏というか、そういう曲でした。
ですので見事にわたしの気分とは遠く、やっぱり近代は苦手だあ、この曲はまだ耳に馴染まない、と思った次第です。
CDの解説にはエネルギッシュな楽章と記されてありましたが、エネルギッシュって言葉は汗を連想しませんか?
解説にケチつけるようで申し訳ないのですが、ランパルの演奏はまったく汗臭くない。
心頭滅却すれば火もまた涼しのようにクールです。

わたしが聴いたのはこのCDです。
ピアノはロベール・ヴェイロン=ラクロワ
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by honnowa | 2007-01-27 07:12 | 音楽
井上靖の『孔子』を今、読み終えたばかりです。
ふう、ほぅ。
なんとも言えぬ余韻に浸かっています。
これほど平易で読みやすい文章なのに、孔子のこと、井上靖自身のメッセージ満載の濃い内容でした。
でも今、わたしを包んでいるものは孔子の偉大さや、内容の深さではなく、文学の薫りなのです。
おいしいお茶を頂いたかのような心地よさを味わっています。
これぞ、文学ですよ。
何でしょうね、この爽やかといってもいいくらいの読後の軽さと心地よさは。
充実した内容の本を読むと、多少の興奮と共に頭も熱っぽくなり、しばらく呆としてしまうことがありますが、この本はまるでそういう感じがしないのです。
ただただ読んでよかったという充実感が、香気となって立ち上ってきます。

先日の記事(07/1/24の記事参照)にも綴りましたが、読書中、読後、ずっと受けたのは、氏は若い人に読んでもらいたく、またそのように配慮して綴ったに違いないという印象です。
だから読後の余韻がこれほど軽やかなのです。
氏のことですし、ましてテーマが孔子なので、大人を感服させるつもりならば、例えば『天平の甍』のような文体で格調高く歴史文学らしく表現することもできたはずです。
若い方が、いくら考えても結論が出ることもないでしょうが、ないなりに天命について考えてみる。
また何十年後か、「三十にして立つ」、「四十にして惑はず」など孔子の詞を見聞きするごとに考えてみる。
天命がわかってもわからなくても考えてみる。
結論が出ても、出なくても、考える人生はきっと素晴らしいと思います。

わたしは天命と具体的に考えたことはこれまでないのですが、ここ数年人の運命について不思議に思うようになりました。
たとえば戦争や恐ろしい事件に巻き込まれ亡くなった方の話を見聞きするにつれ、その中には家族や周りから愛され慕われ、または豊かな才能を持ち、将来を嘱望されていた有能な人もいたに違いないのに、どうして若くして命を奪われてしまうのだろう、一方ぜんぜんそうでなく取るに足りない存在のわたしが何故こうして何事もなく無事に過ごして生きているんだろう。
考えれば考えるほど不思議でなりません。
残念ながらお亡くなりになられた方には、寿命とか運命という言葉をとりあえずは使いますが、では生きているわたしはどう考えればいいのか、考えをまとめる為にはどうしてもぴったりした言葉が必要です。
生きている、生存しているということが天命ということでしょうか。
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by honnowa | 2007-01-26 07:30 |

文学を片手に旅をする

職場で井上靖の『星と祭』の話題になりました。
わたしはまだ読んでいませんが、たまたま週末に書店で文庫本を手に取り、裏表紙のあらすじを読んだばかりでした。
職場のKoさんの親戚の方が、この作品を読んで実際に仏像を観に、琵琶湖を周る旅をされたのだそうです。
いいですね。
井上靖の作品は話の本筋と外れた、ちょっとしたエピソードでも実在の場所や物が描かれています。
他の作家ならば、「古くからある墓地」、「由緒ある寺」と簡単に済ませるところを、固有名詞が使われているので、気になり調べてみると実際に存在していたという具合です。
氏にすれば架空のものを綴るより、よく知っていることを書いたほうのが簡単という程度のことかもしれませんが、本筋でない部分でさらりと披露してしまう氏の造詣の深さに、ただただ圧倒されるばかりです。
いえ、本好き人間の気持ちをよく理解して、わざわざ調べなくても構わないけど、調べたらもっと面白いよと、仕掛けを用意してくださっていたのかもしれません。
『星と祭』を片手に琵琶湖の旅は、本筋に関係ある所もない所も、きっと素晴らしい思い出となったことでしょう。

わたしは本を読んで、その舞台を訪れるという経験はまだありません。
今回のお話を伺って、そんな旅をぜひしてみたいなと思いました。
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by honnowa | 2007-01-25 07:09 |
井上靖の『孔子』を3/5まで読み進めました。
ページを広げると、まず平仮名が多い。
中国の物語なのに、しかもテーマが孔子なのにです。
しかも文体が独白形式なので、会話の多い小説がどちらかといえば苦手なわたしには最初はとっつきにくかったのですが、ようやく慣れ、今はまったりと物語に浸っています。

井上靖は若い人にも読んでもらいたかったのでしょう。
それくらい易しい文章です。
多少難しい漢字が出てきますが、それは氏が明治生まれ(明治40年、1907年で今年は生誕百年の年となります)の方で、身についている文章語というものがありますし、古代の中国の物語ですから、地名や人名など、これは大人でも難しい。
しかし意味は前後の文脈から見当つきますので、文章そのものは中学生でも十分読めるでしょう。
『論語』に出てくる有名な詞がたくさん出てきますが、それらを氏は、孔子がこういう状況だったときにこのお詞が出たとか、高弟たちがあれはああいう意味だ、わたしはこういう意味だと思うとか語り合っていたのを聞いたという具合に、主人公に語らせているので、説明や解説でなく物語の中で詞の意味が掴めるようにしてくれているのです。

ですから孔子について、『論語』について知らなくても大丈夫な本です。
でも知っていたらもっと面白いでしょうね。
井上靖ほどの方ですから、きっと独自の解釈も加わっているでしょうし、解説書と異なる部分もあるでしょう。
解説書には孔子がその詞を語ったときのシチュエーションなど載っていないでしょうから、それでこう言ったのかあ、と後から納得するのも面白いだろうなと思います。

すでにたくさんの詞が出てきましたが、わたしが知っていたのは「五十にして天命を知る」。
天命はこの作品にとって大事なテーマであるようで、この詞は繰り返し何度も出てきます。

  
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by honnowa | 2007-01-24 06:11 |
井上靖の『孔子』に書かれていることです。

  「信」という文字について  (単行本P55)
人は嘘を言ってはいけない。口から出すことは、なべて本当のこと、真実でなければならない。これはこの地球上で生きてゆく上での、人間同士の約束である。暗々裡の約束である。人間がお互いに相手の言うことを信ずることができて、初めて社会の秩序というものは保たれてゆくのである。
人が口から出す言葉というものは“信ずるもの”、“信じられるもの”でなければならない。それ故に、“人”という字と、“言”という字が組み合わされて、“信”という字はできている。

  「仁」という文字について  (単行本P56)
“仁”という字は、人偏に“二”を配している。親子であれ、主従であれ、旅で出会った未知の間柄であれ、兎に角、人間が二人、顔を合わせれば、その二人の間には、二人がお互いに守らなければならぬ規約とでもいったものが生まれてくる。それが“仁”というものである。他の言葉で言うと“思いやり”、相手の立場に立って、ものを考えてやるということである。

実際に孔子がどう唱えたのか、『論語』にはどう記されているのか、勉強不足でいまのところわかりませんが、文字の作りはなるほど漢和辞典にも原義としてこのように出ていました。
この二文字について、今日始めて本当の意味を知ったような気がします。
これからこの文字を使うときは心しよう。
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by honnowa | 2007-01-23 06:12 |
井上靖の『孔子』を読んでます。
孔子は春秋時代の人です。
春秋時代とはどういう時代か調べてみると、一言で言うと、続く戦国時代と同じく戦乱の時代なのですが、それでも落ち目の周という国を表向きは立て、過去の伝統(とくに礼)を重んじる気風が残っていた時代のようです。
(素人考えなので、鵜呑みにせずに専門的な資料をご覧くださいね)

それにしても「春秋」とは?
なぜそのような乱れた時代の名称に「春秋」などと、美しい名前が付けられたのでしょう。
わたしがここで美しいと書いたのは、源氏物語の春秋の争いを連想してしまうからなのです。
名前だけ聞くと、たとえ源氏物語など古典を知らなくても、日本の平安時代のような平和な時代をイメージしてしまいそうです。

調べてみますと、この時代に書かれた歴史書『春秋』のタイトルから採られたようで、しかも『春秋』の成立には孔子も絡んでいたという説もあるようです。


ところで今までどうしてもできなかったフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』へのリンクをようやく張ることができました。
理屈は理解不能。
UTF-8とかエンコードとかさっぱり。
でも他の人ができるのなら、わたしにもできるはずとあれこれ見比べてやっと解決しました。
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by honnowa | 2007-01-22 06:18 |