ニュートラルな気づき 


by honnowa
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カテゴリ:文化と歴史( 44 )

ここ何年も映画館に足を運んだことがなかったのに、今年は映画館に行くのは二回目です。
お正月に『敬愛なるべートーヴェン』 (07/1/3の記事参照) を観た際の『オーロラ』の予告編にうっとりしてしまったのです。

さて『オーロラ』はとても美しいおとぎ話でした。
美しくて、ただただうっとりする映画、こういう映画を今どきでも作ろうと思えば作れるのです
ね。
監督や脚本家は勇気があると思います。
ストーリーはあってないようなものなので、真の映画通には物足りなさ過ぎるかも。
わたしは真剣に思考する対象は本が一番で、それ以外のものは単純に楽しみたい、または美しさに浸りたいので、このような優美な映画が作られてよかったです。

オーロラ姫を演じたマルゴ・シャトリエは、踊りの上手な女優さんと思いきや、パリ・オペラ座バレエ学校の生徒さんでした。
当初女優さんと思ったのは、手足、胸部の肉付きが、鍛え無駄を削いだバレリーナのものらしくなかったからです。
まだ十六歳の学生さんだったからなのですね。
細いのだけどふっくらとした若い肢体の美しさには、パリ・オペラ座バレエ団の先輩ダンサーたちも敵いません。
けれどマルゴもさらにバレリーナの精進を重ねれば、先輩たちのような鍛えた体になっていくのでしょう。
後年、本人がこの映画を観直して、いい時期に映像に残せたと一番感激するかもしれませんね。

画家役のニコラ・ル・リッシェはパリ・オペラ座バレエ団のエトワール(最高位のダンサー)です。
わたしはバレエはほとんど観たことがなく、まして男性ダンサーには興味がなかったのですよ。
クラシックバレエの男性ってプリマの添え物で、見せ場はリフトと跳躍だと思っていたので。
ですので、ニコラの踊りを見て、手の動かし方とか、男性がこれほど優雅に手を動かし気持ちを表現するのに感激しました。
愛しいものを大事に守るような手の動きというのでしょうか。

オーロラ姫の弟ソラル役のアントニー・ムノ君、よかったあ。
ほとんど出突っ張りなのに、たぶん子役ということでパンフレットに紹介も載ってなくて残念。

撮影で使われたお城がとても物語のイメージとあっていたのですが、パンフレットによると、童話『眠れる森の美女』の城のモデルとなったロワール地方のユッセ城などで撮影されたのだそうです。
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by honnowa | 2007-02-11 08:20 | 文化と歴史
浅田真央ちゃんのスケートの演技を観ているうちに、そのことをブログに綴るうちに、どうしても映画が観たくなってきました。
当初は書店でよく見かけるワンコインのDVDでも買いに行こうかなと考えていましたが、調べると『Yahoo!動画』にて 2006年6月7日~2007年6月6日迄、登録も不要で無料で観られることがわかりました。
まだ観たことがない方はぜひ観てくださいね。
事前に注意申し上げますと、時々宣伝が入ります。
また一本の映画のデータを何回かに分けてダウンロードする仕組みのようで、中断箇所があります。
古い映画なので画像の乱れがあります。
ご了解ください。

さて映画ですが、よかったあ。
子供のときに抱いた憧れと驚きを、いまだに裏切らない素晴らしさ。
大人になってあらためて観直した時に、これほど印象変わらないものって、思い込みの激しいわたしには貴重なことかも。
映像のジュディ・ガーランドは、当時のわたしの目にはお姉さんというよりは大人の人に見えたのですが、今見ると天真爛漫であどけない。
調べてみると製作当時の彼女は16、7歳で、実年齢よりも幼い少女の役を演じる苦労もあったようです。
それでも現在の真央ちゃんと同じ年齢ですから、演技でなく自然にかわいらしいのも当然といえるでしょう。
トトを抱いているとき、体を撫でたり、前足を握ったり、ふとした仕草が、愛犬をかまう真央ちゃんと姿が重なります。

さてここで記事を終えてはよくできた子供向け映画と誤解されそうなので、もう少々続けます。
この映画、大人の鑑賞にも耐えうるなかなかの内容を持っていることを、今回発見しました。
脚本家は、ドロシーに対して「知足」を自分で悟ることを描いています。
一方、お供の案山子とブリキのきこりと臆病ライオンを通して夢を叶えるにはどうすればいいのかを描いています。
まず何が望みなのか具体的に挙げること。
(三人はドロシーと会う前に既に悩みと望みがはっきりしていました)
そしてきっかけを掴み行動し(ドロシーと出会い、彼女と共に旅に出る)、人に認められる(オズの大王から希望のものを象徴するものを与えられる)ことにより、願望を達成する。
彼らが旅に出るのが自分のためというより、かわいいドロシーを魔女から守るためというのが、きっかけというのは案外偶然に降ってわいてくるものだし、具体的に願っていれば他の事をしているうちにも同時に悩みを乗り越え、願いのほうも叶っていくという現実を示唆しています。
これは最近書店に多く見られる幸福論的本の内容ともそうとう合致しているのです。

わたしの立場で言えば、わたしなりの現実的な悩みがあり、そういう本をいろいろ読んでみたからこそ、浅田真央ちゃんのスケートという思いも寄らぬきっかけで、『オズの魔法使い』のあらたな魅力を語れるようになった、ということなのかしらん。


※ 07/1/6に関連の記事があります
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by honnowa | 2007-01-07 07:02 | 文化と歴史
昨日に引き続き、映画 『敬愛なるベートーヴェン』に絡み、二つ目の気になることです。

それはベートーヴェンがカツラをしていないことでした。
この表現、ひじょうに誤解を招きますね。
説明を加えると、昔の音楽家はカツラを被っていました。
例えば学校の音楽室の壁に並んだ楽聖たちの肖像画、を思い起こさなくていいので手っ取り早くGoogle等でイメージ(画像)検索してみてください。
バッハ様は肖像画から銅像まで、仰々しいヘアスタイルをしているでしょう。
あれカツラですよ。
ベートーヴェン(1770~1827年)の生涯を調べると、ハイドン(1732~1809年)やモーツァルト(1756~1791年)との接触があったようです。
二人も同様に検索するとやはりカツラ姿の画像ばかりです。
日常でも被っていたかどうかはわかりませんが、正装のときはカツラを着用していたということです。
ベートーヴェンは彼らよりも若い世代なので、もしかしたらベートーヴェンがカツラ着用を止めた最初の西洋音楽家なのかしらと思い、もう少し調べました。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でカツラの項目をみると、

  昔の西洋の裁判では、裁判官・弁護士などがかつらを着用していた。現在でもイギリスや
  旧イギリス植民地の諸国の裁判では習慣が残っている。議会でも開会日には全員かつら
  をつけて登院する。イギリス最高裁判所前には伝統のかつら屋があり、新任裁判官はこ
  のかつら屋でかつらを買い求める。このかつらは馬の毛で作られている。決して洗っては
  いけないとされる伝統があり、ベテランの裁判官ほどかつらが汚れている。またかつて
  は、西洋で正装としてかつらが着用されていた時代もあった。バロックから古典派にかけ
  ての音楽家の髪型が似ているのは正装としてのかつらを着用しているからである。しかし
  ベートーヴェンは権威を嫌いかつらを着用しなかった。

「権威を嫌い」というのはベートーヴェンらしいエピソードです。
彼は宮廷や貴族に仕えず自立した最初の音楽家であるからです。
(カツラなしが最初かどうかは不明ですが)

カツラ調べの中である方が昔の音楽家のカツラの着用について言及しているのを見つけました。
興味のある方はこちらをご覧ください。
  
  http://www.allegromusic.co.jp/leonhardtinterview.htm

ある方とはグスタフ・レオンハルト。
古楽演奏の大家で、鍵盤楽器奏者であり学者でもあります。


※ 07/1/3に関連の記事があります。
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by honnowa | 2007-01-04 00:27 | 文化と歴史

気になる著作権と引用

ブログを始めてから気になりだしたのが著作権のことです。
他の方の本を紹介するブログなどをみると、本のカバーの写真を載せてますよね。
わたしもやってみたいのですが、装丁家の著作権に引っかからないだろうかとか、許可を取るにはどうすればいいのだろうとか・・・
また、今のところは避けてますが引用はいいのだろうかとか・・・
気にしだすとリンクも心配になります。
ボタン一つで簡単にできてしまいますけど。
リンクどうぞと表明してあるものに限ったほうがいのかしら。
ひとまず公共性の高いページに限るように張ってますが、逆に公共の方がまずかったりして。
そこでネットで調べてみました。

社団法人著作権情報センター
  リンクについての見解が示されていました。
  また子供向け、教師向けのコーナーがあり、身近で具体的で初心者にはよかったです。
  いまどきの子供はこんな形で権利や法を学ぶのですねえ。

KITIE
  慶応大学の学生さん対象の「情報リテラシー」学習システムですが、一般の方もどうぞと
  いうウェブ。
  学校で学ぶようにマスターできます。
  しかもテストやクイズつき。
  
    
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by honnowa | 2006-11-06 21:28 | 文化と歴史