ニュートラルな気づき 


by honnowa
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリ:文化と歴史( 44 )

世界遺産のない国

シンガポールに観光に行かれた方と話をしながら、ここで世界遺産の話題を振れば知的だなと記憶を巡らせていたのですが、マーライオンしか浮かびません。
マーライオンだけでは遺産になるはずないし、はて、有名な動物園とか自然公園とかなかったかしら。
その場はラッフルズ・ホテルのエレベーターの話題で終わり、気になるので帰宅後検索してみると、シンガポールには世界遺産はありませんでした。

在りそうなイメージがあるのは、観光国であることと、隣国マレーシアには世界遺産が登録されているからでしょうか。

ちなみにマレーシアの世界遺産は、
(「マレーシア政府観光局」様より 「世界遺産」)

・世界文化遺産 1つ
「マラッカ海峡の歴史都市群」・・・マラッカ、ジョージタウン

・世界自然遺産 2つ
「キナバル公園」
「グヌン・ムル国立公園」
[PR]
by honnowa | 2011-08-20 12:37 | 文化と歴史

Higher energy

c0100148_7563930.jpg海外旅行のお土産にDiorのオードゥトワレ「Higher energy (ハイヤーエナジー)」をいただきました。

メンズですが、柑橘系で爽やかで癖がないので、休日につけて楽しんでいます。
夏の蒸し暑いこの時期なら、男女問わずよさそう。
ネーミングがちょっと熱そうでしょ、高エネルギーなんて。
でも香りのイメージは、高いところに跳躍していける軽やかさでした。

つけたときは、まず柑橘系。
それからスパイシーに変わりましたが、それほど癖はなく、3段階目はほとんどわからず、少し甘い香りが戻ったような感じでした。
自分の体臭とうまく合ったのかもしれません。

公式サイトで香りの種類を調べましたら、
トップノートは、グレープフルーツ。
ミドルノートはブラックペッパー。
そしてラストノートはベチバーでした。

ブラックペッパーもフレグランスに使われるんですね。
ベチバーというのは馴染みがなく、もう少し調べますと、イネ科の草本の根から取れる香りで、「ちょっとカビ臭いような土の匂いのするスモーキーな香り」、「深い森の湿った土の中にいるような感じ」で、「安静のオイル」「静穏のオイル」と言われているそうです。


《参考サイト》

  『アロマピア』 > 精油豆知識 > 「ベチバー」 

  『wellba』より 「ベチバー」
[PR]
by honnowa | 2009-07-19 14:15 | 文化と歴史

節分と立春

節分の翌日は立春です。
『新改訂版 俳諧歳時記(春)』(新潮文庫)の凡例を見ますと、「春の範囲は、旧暦の立春より立夏前日まで」とありますので、節分の記載は冬の部となります。
冬の巻の「時候」の最後の紹介が「節分」になっていました。
「節分」の一つ前が「冬終わる」
それからもう一つ前は「春待つ」「春近し」「冬ふかし」
一方、春の巻は「春」から始まり「立春」「寒明」「早春」「春浅し」「春めく」です。
暦としての季語と、生活感情としての季語が混ざっていますが、単語を並べただけでも、色彩のグラデーションのように冬から春への移り変わりが感じられます。
節分は冬で、しかし翌日はもう立春なのだと実感を新たにしました。

俳諧歳時記で節分の句はわかりましたが、できれば和歌も知りたいものです。
そこで手元にある古今和歌集を見ましたが、節分の歌はなさそうです。
そもそも節分とはいつごろからの行事なのでしょう。
Wikipediaによると、昔から宮中行事はあったものの、「柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を戸口に立てておいたり、豆撒きをしたりするようになった」のは、近代以降のようです。
また豆まきは、「寺社が邪気払いに行った豆打ちの儀式を起源とした行事であり、室町時代の書物の記載事項が最も古い記載事項から少なくとも日本では室町時代以降の風習となっている」ということです。

念のため国際日本文化研究センター(http://www.nichibun/ac.jp/)の和歌データベースも検索してみました。
ここには二十一代集をはじめ、16世紀までの主要な和歌集の歌がデーターベース化されていますが、やはり節分にちなんだ歌はなさそうです。
もう一つ和歌を調べるのに、いつもお世話になっている『やまとうた』様でサイト内検索をしましたら、下記の歌をみつけました。

「豆」で検索

  大田垣蓮月 おおたがきれんげつ 寛政三~明治八(1791-1875) 俗名:誠(のぶ)
  歳の暮豆をかぞへてうまごのもてくるを手にとりて
  たなそこに満ちてこぼるる豆みれば人たがひかとあやしまれけり(海人の刈藻)

「節分」で検索

  上田秋成 うえだあきなり 享保十九~文化六(1734-1809) 
                   号:無腸・余斎・鶉居(じゅんきょ)
  追儺
  年ごとにやらへど鬼のまうでくる都は人のすむべかりける(藤簍冊子)

解釈はそれぞれリンク先をご覧ください。

多くの和歌集が春の部から始まり、たくさんの立春の歌が詠まれたのとは対照的ですね。
それが今や、節分の行事にスポンサーが付き? 恵方巻にパン屋さんも参入し、豆まきには芸能人も参加するなど、節分行事の賑わいばかりが目立ち、立春の何とももの静かなことです。
[PR]
by honnowa | 2009-02-07 00:39 | 文化と歴史

節分

今日は節分でしたので、お昼休みを利用して豆まきを見に行ってきました

c0100148_22561764.jpgこれまで子供向けのイベントしか参加したことがなかったので、こうした大人の?豆まきは初めてです。
伽藍の中は、落ちた豆が踏み砕かれ、香ばしい薫りが漂っていました。
大勢の人にもまれながら、持っていた手提げを頭上に掲げて豆が撒かれるのを待ち構えましたが、後で調べたら2個しか入っていませんでした。
福豆を買い、屋台をひやかし、楽しいひとときでした。

行ったところは大須観音です。
ここは寺宝が鬼の面なので、「福は内」だけ唱えます。
[PR]
by honnowa | 2009-02-03 23:22 | 文化と歴史
08/12/21の記事のつづきです。

主に西日本で、新年から春先にかけて行なわれる「オコナイ」という神事。
わたしはオコナイについて何も知らず、古代史、稲作文化の発祥、渡来人、日本人のルーツといった関心から、お勉強で行って来たのですが、講演や展示でオコナイの由来について知ることはできませんでした。
おそらくまだあまり研究が進んでいないのだと思います。

展示は、何百年も続き現在に残っているその有様を示すものでした。
会場でのビデオを観ると、村の住民のために行なわれている地域の素朴な神事なのだとわかります。
ところが展示の解説にもありましたが、「それに付随する供物や飾り物の類は種々雑多で多彩である。これらは簡略化されながらも、古式どおりの例祭が今も粛々と執り行なわれている。その風景を目にすると、一体この行事は何なのだろうかと、興味を抱かずにはいられない」
そうなのです。
わたしもこの行事は一体何なのだろうというのが感想なのです。

また力のある宗教団体が行なっているものではなく、あくまで地域で村意でやっていることなので、緩さも垣間見え、その良い加減さが、何百年も続けられた理由なのだと、民俗行事の面白さも感じることができました。

さて講演会にはオコナイについて深い関心を寄せていらっしゃる方々が集まっていたようで、熱心に質問がなされました。
またオコナイが行なわれている地域ご出身の方が、展示を観ながら、お連れの方に、実家のケースを説明されているのを傍で漏れ聞き、その大変さをうかがい知ることもできました。

その印象が強く残っているのと、先日の記事にコメントもいただきましたので、関連の情報を追記しておきます。

展示の図録『オコナイ 湖国・祭りのかたち』 (中島誠一 INAX BOOKLET)は書店でも販売されています。

中島氏が館長をされている長浜市長浜城歴史博物館で、1月3日より『湖北の深き信仰文化 ─オコナイと真宗の民俗から─』が行なわれます。
[PR]
by honnowa | 2008-12-23 12:54 | 文化と歴史
昨日は『オコナイ 湖国・祭りのかたち』展 (INAXギャラリー名古屋)に行ってきました。
(http://www.inax.co.jp/gallery/exhibition/detail/d_001218.html)

中島誠一氏(長浜市長浜城歴史博物館館長)による講演会『近江のオコナイ 神仏へのもてなしと願いのかたち』も併せて聴いてまいりました。

講演会でいただいたレジュメによりますと「オコナイ」とは、「西日本に広く分布する年頭の予祝行事」であり、「村内の豊作・大漁・安全などを祈願して1月から3月にかけて行なわれる行事」のことです。
具体的には、御鏡を作り、神仏に供え、直会(なおらい)をし、トウヤ(当屋、頭屋)と呼ばれる村の代表者がオコナイの祭祀権を次のトウヤへ渡します。

この展覧会は12月23日までです。
[PR]
by honnowa | 2008-12-21 09:20 | 文化と歴史

ライデン包囲戦最後の日

1574年のことですが、10月3日はスペインによるライデン包囲戦最後の日で、現在のオランダのライデン市では祝日になっています。
DVD『司馬遼太郎 街道をゆく オランダ紀行』では、ニシンをおいしそうにほおばる市民の方の様子が映されていました。
学園都市でもあるライデン市の街の雰囲気の素敵なこと。
DVDは1998年にNHKスペシャルで放送されたものですが、きっとかの地では今も変わらぬ風景なのでしょう。
ライデン包囲戦についてはこちらをご覧ください。

  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 『ライデン』

Nさん、DVDどうもありがとうございました!
10月はお会いできないので、11月までもうしばらくお借りします。

  
  
[PR]
by honnowa | 2008-10-03 07:35 | 文化と歴史

富山県小矢部市

みなさんは富山県小矢部市というところをご存知ですか。

先日習い事の教室に行くと、新しい方が見学にみえてました。
大学1年生のお嬢さんです。
「富山県小矢部市出身で、小矢部はメルヘンの街なんです」
メルヘンの街?
小矢部市にはメルヘンチックな西洋の建物が35もあり、出身の中学の建物もメルヘンなのだそうな。
ケータイで画像を見せてもらうと、まるでお城みたいではないですか。
まあ、素敵。
学校の校舎がおしゃれだなんて、楽しいですね。
彼女の説明によると、以前、東大建築学部出身の市長さんがいらして、その方のアイディアなのだそうです。
テーマパークでなく、実際に使われる建物をそのようにするなんて、心憎い市長さんですね。

他の建物や市内の様子を知りたくて、ネットで調べてみました。

  『おやべメルヘン玉手箱』様より 『メルヘン建築』
  (http://www.meltama.jp/melhen.html)

楽しいお話をありがとう。
大学での演奏会、頑張ってね。
[PR]
by honnowa | 2008-09-30 19:26 | 文化と歴史
本日15日も残り時間15分となりました。
慌てての更新です。

14日は、森鴎外の住居跡地を訪れました。
鴎外はその邸宅を「観潮楼」と名付け、高台にあるため当時は東京湾まで見えたそうです。
現在その邸は消失し、文京区立本郷図書館鴎外記念室になっています。

15日は損保ジャパン東郷青児美術館に行きました。
『西洋絵画の父 ジョットとその遺産展』です。
よかった~
なるべく幅広く、特に日本美術を積極的に観に行くことが最近は多いのですが、やっぱり一番好きなのはルネサンス美術です。
[PR]
by honnowa | 2008-09-15 23:53 | 文化と歴史

山茶碗 2

08/06/29の記事のつづきです。

重複しますが、山茶碗の解説です。
(瀬戸蔵ミュージアムの案内チラシによる)

  ②「山茶碗と古瀬戸」 11世紀末~15世紀後半
  平安時代の終わりから鎌倉時代にかけて、釉薬をかけない日用雑記の山茶碗等が生産
  され始め、一方で当時、国産唯一の施釉陶器「古瀬戸」が生産されるようになります。宗
  教関連の器物生産から開始された古瀬戸は、次第に多様な器種を生産するようになり、
  全国に広く流通するようになります。

では次に古瀬戸を『増補 やきもの事典』(平凡社)でみてみましょう。

  古瀬戸(こせと)
  近来一般に中世(鎌倉・室町時代)瀬戸窯の施釉陶器を指す言葉で、無釉の椀・皿・鉢
  類(俗に山茶碗の製品)は含めない。また元来陶祖藤四郎作の茶入及び同種の黒色の
  天目釉を指す古瀬戸(ふるせと)とは全く別の概念。

無釉の山茶碗が大量に作られる以前は、灰釉陶器という釉薬を施したものが製作されていました。

  灰釉陶器(かいゆうとうき)
  灰釉を人工的に施したものをいうが、わが国では奈良・平安時代の植物灰施釉のものを
  指して呼ぶことが通常である。白瓷(しらし)ともいう。猿投窯を中心に東海地方に拡大生
  産された高火度施釉陶で、初期には仏器等の金属器を写し、盛期には中国陶磁を模倣し
  てさまざまな器種を生産した。

  白瓷(しらし)
  平安時代の文献などにみられる語で灰釉陶器をいう。『安祥寺伽藍縁起資財帳』
  (871年)が初現で、以後12世紀まで記録にあることから、猿投窯を中心に生産された灰
  釉陶器を白瓷と統一呼称する意見が定着しつつある。

  猿投窯(さなげよう)
  名古屋市東部丘陵地の20キロメートル四方にわたって分布する須恵器と灰釉陶器を焼
  成したわが国最大の古窯跡群。猿投山西南麓に広がることからこの名がある。総数500
  基を数える古代窯に中世山茶椀窯を含めると1000基にのぼる。特に灰釉陶器生産窯が
  顕著で、多口瓶・水瓶・浄瓶・火舎(かじや)・唾壺・合子・陶枕など多種類の製品を生産
  した。陰刻花文を施したものも多く、中に緑釉陶器窯数基を含む。
[PR]
by honnowa | 2008-07-01 06:25 | 文化と歴史