ニュートラルな気づき 


by honnowa
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリ:美術( 164 )

展覧会は6つのコーナーで構成されていました。
そのコーナーごとに、取り上げられた古代都市の現在の様子と遺跡の様子が2分前後のビデオで紹介されていました。
2都市ずつなので各都市1分くらいの短いものです。

ニュースで見る現在の中国の都市の風景は主に北京や上海です。
東京を凌駕し、ニューヨークに匹敵するような壮麗な摩天楼の光景です。
しかし紹介ビデオを見ると、北京や上海に限らず、西安、南京、広洲、成都など他の都市も高層ビルが立ち並ぶ大都会でした。
中国の都市化は凄まじいものがあります。

予てから感じていたことですが、どうして国土があれほど大きいのに、ここまで都市に密集して生活しているのでしょう?
紹介ビデオでさらにその感を強くしたのですが、ちょうど聴講した関連講座のおかげで腑に落ちました。

講座の冒頭、スクリーンに映された地図を使い、中国の平野が実はさほど広くはないという説明がありました。
実際に地形図を見ると、中国の西半分は5000m越えの山地か砂漠で、人が気軽に住めるような環境ではありません。
また東半分もそのさらに半分は1000から3000mの高地ですから、残りの平野部に都市機能と人口が密集してしまうわけなのですね。

さて比較のためにインドを見ますと、世界の屋根ヒマラヤ山脈は中国とネパール、ブータンの国境にあり、エベレスト(標高8848m)を頂点とした山脈は、ネパールやブータンを越えてインドに入ると一気に海抜200mまでの平原となります。
インドもけして国土の中で平野が大きい面積を占めているわけではないのですが、残りの大部分は200mから2000mまでの高原で概ね平坦です。
これなら国の隅々まで満遍なく人が住めそうです。
十年後にはインドの人口が中国を抜くという予測もあるそうですが、地形図を見るとさもありなんづす。
[PR]
by honnowa | 2013-05-21 23:59 | 美術
名古屋市博物館で開催中の、日中国交正常化40周年《特別展》『中国王朝の至宝』展に行ってきました。

  公式サイト  http://china-ocho.jp/


展示構成は6つに分けられていて、それぞれ同時代の王朝対決、または都市対決という趣向です。
この見せ方はまるで東博みたいだなと思ったら、案の定東博監修の展覧会でした(笑)


その対決の第1章が、「王朝の曙 『蜀(しょく)』と『夏(か)・殷(いん)』」です。
私は蜀と言えば、三国志の三国時代の蜀しか知らなかったので、もっと古い時代にも立派な文明を持った国家があったことを、今回初めて知りました。

図録によると(P010)
この国家の存在が明らかになったのは、1986年に三星堆遺跡(さんせいたいいせき)で大量の遺跡が発見されたことによるものです。
三星堆遺跡が成都市(現在、四川省の省都)の北方約40kmの広漢市郊外だったのに対し、2001年には成都市の西部で金沙遺跡(きんさいせき)が発見されました。

展覧会の展示品や関連講座を聴講した限りでは、成都市のあたりは中国の他地域に比べ金鉱が多く、遺物には金細工が多いので、5k㎡もの大きさのリッチな遺跡が2001年まで見つからなかったのが不思議なくらいです。
砂漠に埋もれてしまったというならまだしも、成都市は三国時代には蜀の都だったわけですし、その後も町として続いていたのですから、ホメロスの『オデュッセイア』のように何かしらの文献や伝承はなかったのでしょうか。

ともかく今現在は大きく関心が持たれているようで、wikipediaの「成都市」に市徽(訳すと市章)として紹介されている図は、「金製太陽霊鳥文円板(きんせいたいようれいちょうもんえんばん)」(前12-前10世紀)で、展覧会では複製品が展字されていました。
図録には「中国文化遺産のロゴマーク」と紹介されていますが、成都市のHPのタイトルにも使われています。
[PR]
by honnowa | 2013-05-18 23:59 | 美術
「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」を見たのですが、事件が起きた政局や人物の相関図がよくわからず、ちょっいとお勉強のつもりで久々にNHK大河ドラマ「平清盛」(6月24日放送)を視てみました。

ちょうど信西と藤原信頼が登場し、二人がどういう確執を起していたのか、その頃清盛はどれほど勢力を蓄えていたのか、ライバルの源義朝とはどうなったのか確認しながら興味深く視ていたら、放送の終わりの方で、清盛が信西に「(大願成就のために)熊野詣に行って来い」と言われたところで、三条殿夜討の直前の状況だったことがわかりました。
そして次回放送はまさにその三条殿夜討。
これは次週も必ず視なくては♪

さてクーデター三条殿夜討(信西襲撃・上皇拉致)が起きた背景を、大河ドラマに沿ってまとめると、
・清盛は武士の世を作るために武力だけでなく、信西と盟友となり知力と経済力も持ち、朝廷での地位も上げていく。
・一方の源義朝は武士は武力で勝負するものとの信条を守るゆえに、清盛との差が開いてゆきジレンマに陥る。
・後白河上皇の寵愛を受け藤原信頼はトントン拍子に出世するが、ついに近衛大将の位を望むにあたり、同じく後白河上皇の元で権勢を振るっていた信西と確執が生じるようになる。
・藤原信頼は源義朝に信西の首を討ち取るよう誘う。
・清盛が熊野詣に都を留守にした時に、クーデターが起される。


≪参考サイト≫

名古屋ボストン美術館のオリジナル公式サイト

公式サイト(巡回先共通)

「大河ドラマ平清盛」公式サイトより 「カウントダウン平治の乱」
(カウントダウンと言うのはどうよ?)
[PR]
by honnowa | 2012-06-25 22:00 | 美術
今日は名古屋ボストン美術館で開催された「ボストン美術館 日本美術の至宝」展に行ってきました。

私が長年待ち望んでいた展覧会だったのですが、それが100%どころか120%の素晴らしさで実現し、興奮と喜びで感無量です。
そもそも私が名古屋ボストン美術館の会員になったのも(なかなか好みの展示が少ないにもかかわらず会費をせっせと払い続けたのも)、「吉備大臣入唐絵巻」の里帰り展示を期待してのことで、アンケートを求められる度にその事を書いて来ました。
ついに私の希望を叶えてくれたわ!という訳ではないでしょうけど、本当に書き続けてきて良かった~

今回の展示は「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」とのセットの公開で、こちらも美術書で見て迫力かつ詳細な描写に目を奪われたことがあったので、この機会に同時に観られるとはなんたる幸せ。

当初私のお目当てはこの2つの絵巻物だったのですが、会場ではさらに度肝を抜く作品が待ち構えていました。
それが世界初公開の(と言っても先行で東博で公開されましたが)「雲龍図」(曽我蕭白)です。
大きさといい迫力といい他の作品の記憶が飛んでしまうほどのインパクトでした。
襖8面の大きさなので、展示室の中央に置かれたソファーからでなく反対側の壁から引きで鑑賞したかったのですが、そちらもガラスケースで屏風が展示されていたので無理でした。
平日、人の少なそうな日に行くしかありません。
でもこの「雲龍図」は真近で部分部分をクローズアップで観ても凄かったです。


≪参考サイト≫

名古屋ボストン美術館のオリジナル公式サイト

公式サイト(巡回先共通)
 
[PR]
by honnowa | 2012-06-24 22:18 | 美術

伊藤若冲 「花丸図」

ニュース記事です。
画集でしかみたことがありません。
いつか観てみたい作品なので、記録のため。
そう言えば、金刀比羅宮には行ったことがありますが、長い階段をひたすらに登った記憶があります。

http://www.asahi.com/national/update/0825/OSK200908250058.html

  記事の内容
[PR]
by honnowa | 2009-08-26 07:55 | 美術

『ボールペン画作品展』

昨日28日は、知人のNさんが参加しているボールペン画教室の作品展を観に行きました。
以前も観に行きましたが、市販の普通のボールペン1本で、ここまで描く根気と集中力にひたすら感心・感動しました。

c0100148_21353799.jpgボールペン1本だけでもお一人おひとり画風が違うのが面白いです。
また画題の選び方にも個性が出ていました。










c0100148_21384722.jpg講師の方の作品を接写で撮ってみました。
実物大なのですが、この細かさ!

どうしてこれだけ根気が続くのか、Nさんとお仲間のAさんのお話を伺ったところ、お二人とも興味のあるものを題材に選ばれ、それについてあれこれ想像をめぐらせながら描いておられました。
そういう思い入れのあるものをテーマに選ぶのが、集中力を絶やさないコツのようです。









c0100148_214632.jpgNさんの作品『2500年前・人面土器』
知らない方から質問を受けたりと、愛嬌とインパクトで彼はなかなかの人気者でした。

ところでNさんへ
彼はどこで発掘されて、今はどこで展示されているのでしょうか。
ニュース検索してみましたが、見つけられませんでした。
[PR]
by honnowa | 2009-06-29 21:54 | 美術

『書の名品をたずねて』

昨日は、西本願寺本「三十六人家集」から分割された石山切が展示されている、徳川美術館の『書の名品をたずねて』を観てきました。

c0100148_23433671.jpg行くと、入り口の入場券売り場の係りの方がマスクをしていました。
館内に入り、受付の方もマスク、そしてグッズ売り場の方も皆さんマスク姿。
さらには展示室内のガイドの方まで、みなさんでお揃いのマスクをしてました。
いやぁ、用心に越したことはありませんが、いくらなんでも・・・ (現在の名古屋の状況では)
こういう光景も滅多にないことなので、記録しておきましょう。

さて展示のほうですが、書の名品が197点です。
これは書やお茶を嗜まれる方や古典の造詣が深い方が観れば、垂涎のお宝が並んでいるのでしょうが、素養のないわたしにはさっぱり。
もう少し分かるようになりたいものです。
関心事の石山切だけ集中して鑑賞しました。
そのことは後日別記事にしますが、他に特別展以外で面白かったのは、「尾張徳川家五月節句飾り」です。
毎年3月に公開される雛飾りは有名ですが、節句飾りのほうも壮観でした。
20代から22代(現徳川美術館館長)までの男子のための飾りだそうです。

それから幕末頃、実際に使用された折り畳み式茶室も面白かったです。
紙製ですし、劣化のため外見はきれいではないのですが、にじり口や床の間など必要なものはそろっており、茶室の構造や空間を知るのによい勉強にもなりました。
[PR]
by honnowa | 2009-05-20 23:45 | 美術

『本願寺展』 2

もう一度『本願寺展』(名古屋市博物館)に行って参りました。

講演会「浄土真宗の絵伝と絵解き」を聴講。
小山先生のお話のおかげで、親鸞聖人の生涯を表した絵伝を興味を持って鑑賞することができました。


《関連記事》

  「『本願寺展』」 (09/04/26)
[PR]
by honnowa | 2009-05-05 23:45 | 美術

『本願寺展』

26日は『本願寺展』(名古屋市博物館)を観に行きました。
まずは体験教室で「金ぱくはりにチャレンジ」
展示では、国宝『三十六人家集』がなんといっても素晴らしかった。
これまでも美しい料紙に書かれた物を観たことはありますが、保存状態や展示室の照明具合で、かつての輝きを想像して補っていました。
本願寺の物はそんな必要もなく、墨の色も濃く、平安時代に制作されたものとは思えないほどきれいでした。
[PR]
by honnowa | 2009-04-26 23:54 | 美術

『だまし絵』展 図録

c0100148_2062512.jpg『視覚の魔術 だまし絵』展(名古屋市美術館)の図録です。

白いシンプルな表紙に小さな4つのカット。














c0100148_2075444.jpg実は表紙は刳り抜かれており、見返しの絵の一部が見えるようになっていました。

今回のメインの展示である、『ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)』(ジュゼッペ・アルチンボルド)です。
トリックアート関連の本には必ず紹介される有名な作品ですが、日本初公開です。

講演会でのお話しによると(09/04/12の記事参照)、2年前から交渉を始め、昨年のクリスマスに貸し出し許可の連絡が来たときには、関係者でクリスマスプレゼントだと喜び合ったそうです。
(このお話しをされていた学芸員さんの声が本当に嬉しそうでした)
山下先生からも「よく貸してもらえましたねぇ」と感心しきりでした。
[PR]
by honnowa | 2009-04-15 20:28 | 美術