ニュートラルな気づき 


by honnowa
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2007年 04月 13日 ( 1 )

ブログの文体

ブログを始めてからネットの世界を逍遙するようになりましたが、特にブログの場合、管理人が女性なのか、男性なのかわからない場合があります。
または女性の綴ったものだろうと思い込んでプロフィールを見たら男性だとわかり、驚くこともあります。
不思議に男性と思って読んでいたら女性だったというケースには遭遇していませんが・・・
匿名性がネットの良さであり、今時、男だからとか女だからとかを問う時代でもないのですが、すっかり共感をもって読んだ後、男性だとわかったとき、女同士のひそひそ話を聞かれてしまったかのような気恥ずかしさを覚えたり、または男の子がこんなうだうだしていていいの?と、先ほどまでの共感がすっかり冷めてしまったり。
わたしがパソコンのこちら側で勝手に勘違いしていただけで、本当はこちらがごめんなさいなのですけど。

思い込みの理由はスキン(ブログの画面のデザイン)と文体です。
意識してか、無意識か、ブログの場合、男性でももの柔らかい文体で綴る方が多いようです。
人に読んでいただくというサービス精神もあるでしょう。
内容がプライベートなことだと、話し言葉に近くなるということもあるでしょう。
またブログですと、わたしもそうなのですが、見やすさ優先であえてひらがなを多くし漢字を減らす場合もあります。
わたしの場合ブログでは「わたし」ですが、日常、紙には「私」と書きます。
でも人様のサイトに書き込みをする場合は、文字数を増やさぬよう「私」にしています。

公用文書でなくもっと心情に即したものを書きたい、それには漢字でなくひらがなで綴りたい、それを公開し人に読んでもらいたい。
こういうことを考えた男性が大昔にいましたねえ。

  男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり  (紀貫之『土佐日記』より)
                  
いまから1千年以上も前の935年(承平5年)頃のことです。
ひらがなで綴るために、紀貫之は作中のプロフィールを女性と装わなければなりませんでした。
さてわたしの素朴な疑問なのですが、当時この日記を読んだ人たちは、作者は紀貫之だと知っていたのでしょうか。
筆跡や状況ですぐにばれたとしても、あくまで他の女性が書いたものとして、貫之自身は知らんふりをしていたのか、それとも自らこんなものを書いてみましたと発表したのか。
また読んだ女性たちは同性の書いたものとすんなり受け入れたのか、たとえひらがなで書かれていても視点や文体に違和感なり、男性的なものを嗅ぎ取ることはなかったのでしょうか。

ブログの文体からとんでもないところに発想が飛躍しました。
桜が舞い落ちるのを見ていると、とかく妄想がはげしくなります。
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by honnowa | 2007-04-13 06:53 |