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ニュートラルな気づき 


by honnowa
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『国宝源氏物語絵巻と平成復元模写』展 20 『宿木三』

『宿木三』 (林功・馬場弥生・宮崎いず見作)
  (図録『よみがえる源氏物語絵巻』よりP54)

    秋の夕暮れ、久しぶりに身重の中君のもとを訪れた匂宮は、中君のすぐれぬ心を紛ら
  わせようと端近に座し琵琶を弾く。中君は、ひととき怨みを忘れたかのように聞き入るが、
  また涙を流す。
     秋果つる野辺の気色を篠薄ほのめく風につけてこそみれ (中君)
    私に飽きてしまわれた様子は、ほのめかす態度でわかると歌に託しながらも、さすがに
  恥ずかしげに扇で紛らわす。匂宮はそんな中君をいとおしいと思いつつ、薫との仲をいろ
  いろと邪推する自分を恨めしく思う。

この画像は徳川美術館のサイトで揃って観ることができます。

『国宝源氏物語絵巻と平成復元模写』展 20 『宿木三』 _c0100148_15435916.jpg
さて『源氏物語絵巻』の人物はすべて「引目鈎鼻」で描かれています。
これまで「引目鈎鼻」は無表情で没個性というイメージを持っていたのですが、じっくり観るとけしてそんなことはありません。
上書きの線はけして一本調子でなく、また下書きの線が微妙にずれ、重なり、案外と表情豊かです。
しかしヒロインの女君はたいていお顔の一部が隠れているので、表情を読むことはできません。
ところが、この『宿木三』の中の君だけは、はっきりと表情をゆがめています。
彼女の苦悩の原因を、円地文子の口語訳(新潮文庫 巻五 P106~108)で読みましょう。


    宮の御方へ蔦の紅葉をお届けになると、匂の宮がおいでのところだった。(中略)女君
  は、またいつものような煩わしい事にならねばよいがとお困りになるものの、取り隠すわけ
  にもいかない。宮は、
  「見事な蔦だなあ」
   と思わせぶりにおっしゃって、召し寄せて御覧になる。お文には、
     (中略)
  「よくもまあ、さりげない書きぶりをなさったものだ。私がこちらにいると知ってのことだろう」
   とおっしゃるが、なるほど、多少はそんな御遠慮があったのかも知れない。
   女君は、何事も書いてなかったので、まあよかったとほっとなさったが、宮がこんなふう
  に無理に邪推なさるので、あんまりなとお思いになり、恨めしそうにしていらっしゃる。その
  御様子はどのような咎も許してしまえそうなほど、可憐な風情がある。
  「御返事をお書きなさい。私は見ないでいましょう」
   と仰せになって、ほかのほうを向いていらっしゃる。すねて書かないのもおかしいので、
  女君は、
     (中略)
    お認めになる。このように何一つ後暗いところなどないお間柄なのだな、とは御覧にな
  りながらも、御自身の浮気なお心癖から、ついただならぬ仲では・・・・・・と、お気がもめる
  のであろう。
    大方の草が枯れ果てた前栽の中に手をさしのべて招く尾花のさまが、殊更趣深く眺め
  られる。まだ穂に出初めたばかりのうら若い尾花も、露の玉を貫きとめた緒のように、はか
  なげに靡いているのなど、いつに変らぬ秋の風情ではあるが、夕風の吹く折からいっそう
  あわれ深い。

     穂に出でぬもの思ふらし篠薄まねく袂の露しげくして
    (あなたはそぶりにも出さず物思いをしているのでしょう、しきりに文の招きが来るので)

    宮は、少し着馴らして柔らかになったお召物に、直衣だけをお召しになって、琵琶を弾い
  ておいでになる。黄鐘調の掻合せをまことに興深く弾きこなしていらっしゃるので、女君もも
  ともとお好きな道のこととて、すねてばかりもいらっしゃれない。小さな几帳の端から、脇
  息に寄りかかって、ほんの少しさし覗いておいでになるお顔は、ついうっとりと見とれてしま
  うほど可愛らしい。
    「秋はつる野辺のけしきも篠薄ほのめく風につれてこそ知れ
   (あなたがわたしにはもう飽きていられるのも、それとない御様子からお察ししております)
    わが身一つの憂きからに」
    と古歌が唇を洩れ、つい涙ぐまれるのもさすがに恥ずかしいので、扇に顔を隠して紛らし
  ていられるお心の内も、宮にはいじらしく推し量られる。それにつけても、このように可憐な
  御様子なればこそ、あの中納言も諦められないのだろうと、疑わしさにお胸も波立って、
  やはり恨めしくお思いのようである。

薫とは何もないといっても、恋慕されるのを中の君が思慮深くかわしているからです。
しかし後見のない中の君は経済的に支えてくれる薫を、完全に拒むわけにいきません。
中の君は匂の宮邸に引き取られていますが、宮は親王ですから細々した具体的な配慮が思いつかないのです。
まして正妻の六の君に心が移り、自宅に戻らない日が多くなれば、ますます後見役をかってでている薫に頼らざるをえなくなります。
また彼女は、薫が亡き姉への身代わりとして中の君を求めていることも理解し、同情もしています。
中の君の気苦労は、男御子の無事出産と、次のヒロイン浮舟が登場するまでつづきます。


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by honnowa | 2008-01-18 07:24 | 美術