ニュートラルな気づき 


by honnowa
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源氏物語に描かれる一夫多妻制について

昨日07/12/30の記事のつづきです。

昨日のような記事を書くと、なんだかわたしが一夫多妻制の肯定論者のように思われかねないので、きっぱり否定しておきますね。
だってどうみても紫の上より、雲居の雁のほうが女性としては幸せだもん。
世間体が悪かろうが、雲居の雁は実家でぬくぬくと暮せるんですよ。
父親は権勢家だから生活の心配はいらないし、なにより娘がかわいいから無理やり戻そうともしない。
後の話ですけど、別居しても雲居の雁は正妻の座であり続けるし、夕霧は左大臣に出世するし、夕霧は不公平のないように、雲居の雁と落葉の宮の許を半月づつきっちり通うし、上の娘は東宮に入内、次の娘も二の宮の正妻となります。
こうなると昔の流行語、「亭主元気で留守がいい」の見本ではありませんか。

それにしても源氏物語のなかで、どうして紫の上は女性の鑑のように持ち上げられるのでしょうか。
主人公が男性である光源氏ということもあるでしょう。
でも筆者は女性の紫式部。
彼女は何も感じなかったのでしょうか。
あれだけの才女が?

今回『夕霧』、『御法』と口語訳を読み返して、ようやく気づいたことがあります。
もし夕霧が面倒を見なければ落葉の宮は果たしてどうなっていたか、ということです。
柏木はけして落葉の宮を愛していたわけではありませんでした。
でも表向きは内親王を粗略に扱ったと評判が立たぬよう、大切に扱ってきました。
そして亡くなる直前に、夕霧に後のことを託します。

そもそも落葉の宮といい、彼女の妹にあたる女三の宮といい、内親王は独身で通すのがほとんどなのに、なぜ臣下に降嫁したかというと、父親の帝、もしくは院が万一のことになり、母方にしっかりした後見がいない場合、内親王であっても十分な暮らしが成り立ってゆかないからです。
柏木が夕霧に後見を頼んだのも、そういうわけです。
後の巻きでは、薫も同じ理由で内親王と結婚することになります。
内親王でさえそのような状況なので、ましてもっと身分の劣る女性たちの身の上は、ということになります。

六条院で源氏に引き取られた女君たちも、みなちゃんとした後見のない女性たちばかりでした。
まず紫の上がそうなのです。
ですから紫の上は一夫多妻を素直に受け入れたわけではなく、共済というか共生の精神で他の女性たちとうまくつきあっていったのではないでしょうか。
そこのところを同性の式部は美徳として受け止め、紫の上を称揚して描いているのだと思うのです。
そして同性として、そういうことに思い至らない雲居の雁を傲慢で思慮の足りない女性として落としているのでしょう。


本年最後の記事となりました。
一年間ほんとうにありがとうございました。
また来年も素晴らしいもの、素敵なものにたくさん出会える一年になりますように。
そして少しでもみなさまにも楽しんでいただけますように。
よいお年をお迎えください。
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by honnowa | 2007-12-31 08:14 |