源氏物語における人物呼称 1
2007年 10月 28日
現在の小説ならば登場人物は氏名で綴られますが、源氏物語では身分、または官名で呼ばれています。
例えば、光源氏の友人でもありライバルでもある頭中将(とうのちゅうじょう)は、権中納言(ごんのちゅうなごん)、内大臣、太政大臣と、出世とともに呼称が変わります。
「作中人物を男子であればその官名によって、また女子であればその男子の帰属する関係によって表そうとするのは、物語のつくり出している社会とどう関わりあう存在であるかを示していることになる。物語の人物呼称は、いかにも社会的な位相を表現しているのである。」(P108)
しかし、「逢瀬などで男と女の関係が強調されると、「男」とか「女」とかの呼称に転ずることがある」というのが、この節のミソです。
では、どう変わるのか見ていきましょう。
原文は『源氏物語への道』から、口語訳は円地文子訳(新潮社)からです。
『花宴(はなのえん)巻』より、源氏がはじめて朧月夜(おぼろづきよ)の君と出会う場面
(源氏の)酔ひ心地や試ならざりけん、(朧月夜を)ゆるさむことは口惜しきに、女も若うた
をやぎて、強き心も知らぬなるべし、らうたしと(源氏が)見たまふに、ほどなく明けゆけ
ば、心あわたたし。女は、まして、さまざまに思ひ乱れたる気色なり。
君は酔心地の常ならぬためか、このまま手放してしまうのは残念なのに、女のほうも若く
なよなよしていて、はねつけるような強いところは持っていないらしい。靡き寄るのをいかに
も可愛いとお思いになっているうちに、早くも夜が明けてゆくので、心あわただしい。女はま
して千々に思い乱れている様子である。
二人は偶然、運命的な出会いをします。
朧月夜の君は、声で相手を光源氏と見当つけるのですが、源氏のほうは相手が誰だか知りません。
女は実は政敵の姫君、しかも東宮(源氏の兄)のお后候補でした。
知っていたら、さすがの源氏も近寄らなかったでしょう。
二人はお互いの声や雰囲気や歌の詠みぶりなどで恋に落ちたゆえに、その後相手が誰かわかっても情念を抑えることができず、無理な逢瀬を重ねます。
そしてこの恋愛が元で、源氏は一時都から離れることになります。
もう少し例を見ますが、長くなりましたので、また明日。