ニュートラルな気づき 


by honnowa
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黄檗山万福寺とは

昨日の記事のつづきです。

なぜ万福寺のことを調べる気になったかといいますと、以前若冲の鶴の掛け軸の記事に、夏目漱石の『草枕』を引用しました(07/05/11の記事参照)が、この引用部分の直前の段落が万福寺に関係のある文章だったのです。
以下に引用します。  (『青空文庫』より)

   仰向(あおむけ)に寝ながら、偶然目を開(あ)けて見ると欄間(らんま)に、朱塗(しゅぬ)
  りの縁(ふち)をとった額(がく)がかかっている。文字(もじ)は寝ながらも竹影(ちくえい)
  払階(かいをはらって)塵不動(ちりうごかず)と明らかに読まれる。大徹(だいてつ)という
  落款(らっかん)もたしかに見える。余は書においては皆無鑒識(かいむかんしき)のない
  男だが、平生から、黄檗(おうばく)の高泉和尚(こうせんおしょう)の筆致(ひっち)を愛し
  ている。隠元(いんげん)も即非(そくひ)も木庵(もくあん)もそれぞれに面白味はあるが、
  高泉(こうせん)の字が一番蒼勁(そうけい)でしかも雅馴(がじゅん)である。今この七字を
  見ると、筆のあたりから手の運び具合、どうしても高泉としか思われない。しかし現(げん)
  に大徹とあるからには別人だろう。ことによると黄檗に大徹という坊主がいたかも知れぬ。
  それにしては紙の色が非常に新しい。どうしても昨今のものとしか受け取れない。

うわ~、難しい。
少しづつ解読してまいりましょう。
以下の語注は、集英社文庫の『夢十夜・草枕』の「語注」から借用です。(P230)

・ 竹影払階塵不動・・・中国、明代末の儒者洪自誠の『菜根譚(さいこんたん)』中の句。
・ 黄檗・・・禅宗臨済派の一分派黄檗宗。明の隠元が万治二年(1659年)宇治の黄檗山万
       福寺で伝えた。
・ 高泉和尚・・・黄檗派の僧(1633~1693)。寛文元年(1661年)に来朝し、宇治万福寺
          を中興した。
・ 隠元・・・江戸前期の黄檗派の帰化僧(1592~1673)。黄檗三筆の一人。
・ 即非・・・明の僧(1616~1671)。隠元の招きで来朝。小倉市の福聚寺を開いた。のち
       長崎の崇福寺の住持となる。
・ 木庵・・・黄檗派の禅僧(1611~1684)。隠元に従って来朝、黄檗山第二世を継いだ。
・ 蒼勁・・・字が古体で勢いの強いこと。

硬い文章はこれくらいにして、現在の万福寺の様子です。
なにやら「『明朝体』の源流」とか「日本最初の図書館事業をおこした」とか、どうやらすごいお寺のようです。
  『京都・宇治 黄檗宗大本山萬福寺』  
  
公式サイトでは萬福寺のようですので、引用でない部分はこちらの字を使うことにします。
つぎに萬福寺境内の画像と動画もあるサイトです。

  京都観光タクシー/堤タクシー様の『ぶらりと京都』の
    『京都庭園の四季』より 『萬福寺』


こちらは萬福寺と、若冲ゆかりの相国寺の両方がわかるサイトです。

  『臨済禅 黄檗禅 公式サイト』より 『各派のご本山』
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by honnowa | 2007-06-13 05:13 | 文化と歴史