葛
2011年 09月 18日
今は花が満開で、辺りはワインを砂糖で甘く煮詰めたような香りが籠ります。
スイーツ好きの私にはたまらない芳香で、ついつい虫のように引き寄せられてしまうのですが、真直に観る葛は野性そのもので、その力強さに結局花一輪摘むこともできません。
家に帰ると、あの香りは惜しいことをした、持ち帰ることはできなかったかしらと残念に思うのですが、花や葉の大きさや野趣溢れる造形をどう部屋に飾ればいいのか、結局ここでも考えあぐねてしまいます。
ならばお茶、あの香りや色を楽しむためのハーブティはないか思い立ちました。
葛と言えば葛根、また茎はリースにできますが、花や葉、実の利用については話を見聞したことがありません。
世間話をよくする人に訊いて見ると、
「クズ? あのそこな辺に茂ってる奴かね?」
「そうです」
「・・・」
会話続かず。
植物好きな方に訊いて見ると、
「そう言えば聞いた事ないわね」
「あの花はお茶にならないかしら? あの実は枝豆みたいに食べられないかしら?」
「いやぁ、聞いたことがないから止めといたら」
怪訝な顔をされ話題を続けることができず。
そう言えば花の匂いを嗅いでいる時、大きなカメラを首に提げた人に「何かあるの?」と話し掛けられましたっけ。
「葛がいい匂いなので」と答えると、その人はそのまま通り過ぎてしまいました。
被写体の対象とはならなかったようで。
葛香る見向きもしない人ばかり ほんのわ
『新改訂版俳諧歳時記(秋)』(新潮社編)P193~
葛 真葛 真葛原
山野に生ずるまめ科の蔓性の草で、長さは十メートルくらいに伸び、草や木に巻きついている。葉は三小葉からなる複葉で大きく、裏が白っぽい。葛の根は山芋に似て肥大しているが、これを採って解熱剤にしたり葛粉を作ったりする。「葛の花」も秋の季題であるが、「葛」だけで秋の季題になっている。秋の七草の一つ。
葛の谷行けばだんだん家貧し 松本たかし
山風を怖(おそ)るゝ鶏(とり)や葛の秋 原石鼎
くちすゝぐ天の真名井(まなゐ)は葛陰り 杉田久女
葛砧(きぬた)笠置(かさぎ)川波光つゝ 菊山九円
上掲 P194~
葛の花
秋になると、葉の脇から訳二十センチくらいの花穂をつけ、豆の花に似た蝶形花を総状に咲かせる。色は赤紫であるが、白い花もある。風情のある花である。
葛さくや嬬恋村の字いくつ 石田波郷
葛さくや横うつりゆく山の雨 細木芒角星
葛咲くや新道成りし裏妙義 矢野絢
横顔の妻の肥(ふと)りや真葛咲く 山田碧江
『花の歳時記5 秋冬の花』(監修 飯田龍太・田中澄江 小学館)
葛の花ふみしだかれて色あたらし この山道をゆきし人あり 釈迢空
あなたなる夜雨の葛のあなたかな 芝不器男
谷の葛咲くとつげたる鵜匠かな 水原秋桜子
こちらのサイトで葛を織り込んだ和歌が紹介されています。
やまとうた > 和歌歳時記 > 葛の花
釈迢空の歌が秀逸です。
造形、色、香り、薬効、実用性に富みながら、人の手を持て余すような扱いにくさが葛と言う植物にはあります。
明るい河川敷で見てもハゼの木を襲撃せんばかりの勢いは静かなる死闘とでも呼べばいいのか、怖ろしいものがあるのに、人気のない奥深い山中の道が圧倒的な葛に覆われていたら、どんな心境になるのでしょうか。